第37章 牛鍋とすき焼きと胸の外と内 前編
「はははは。それは光栄だねぇ。
サービスした甲斐があったってもんだ。
あげはちゃんも、
お姉さんになって。上手言える様に
なったじゃないかい。はい、次ね」
そう三好が答えてまた更に
焼きあがった肉を2人に給仕する
「ここには、良く来て居たのか?」
嬉しそうに肉を頬張っている
あげはに杏寿郎が声を掛けた
「そんな。ここには
そうそう、良くは来れませんって。
それこそ…特別な日に…ですよ。
年に数回……とか、にありますよ……?
私の、
本当の誕生日はわかりませんけど。
父に出会った日を
誕生日にしようと、父が。
私にこのあげはと言う名前と…
誕生日を…父がくれた日ですから……」
彼女は孤児だったのだ
自分の本当の名前も誕生日すらも
本人ですら 知らぬのだ
ましてや……自分の事はおろか
本当の両親の名前すらも
その顔すらも
彼女は…知らぬのだ
そして 本当の家族の様に思って居た
養父は鬼に殺され
彼女を妹の様に可愛がっていた
患者達もその夜に…皆……
鬼に殺されて 孤独な身になった……
あげはのそんな境遇を考えると
俺は随分と
恵まれているのかも知れない
俺の名は 確かに俺に対して
付けられた名であるし
誕生日だってそうだ
彼女が俺の父上に対して
あんなに親身になって
真剣に向き合って
説得しようと
父上を 俺達と向き合わせようと
そう してくれたその理由は……
自分にはない
血の繋がりを持った家族 と言う物への
憧れにも似た…そんな感情なのかも知れない
自分が持たない物だからこそ
そこにあるのに そうでなかった
俺の家…を 放っておけなかった……
そこに在る物を あるままに
何年もの間
仕方がない事…どうしようもない事と
逃げていたのは…他の誰でもない
俺… 自身…だったんだな