第36章 罪と罪 後編
降ろしていた方の手に
杏寿郎が手を伸ばして来て
そのままギュッとその手を
杏寿郎に握られてしまった
「……ーーっ!」
杏寿郎……
私が…動揺してるから
不安を…解きほぐそうと
してくれて…るんだ
杏寿郎の手……
温かい……な
あげはがその杏寿郎の手をギュっと
握り返して来て
その顔を見ると
こちらを見てにっこりと
あげはが微笑んで来て
それから無言のままで頷いた
その力強さを感じてしまう程に
強く握り返して来る力と
その笑顔と頷きに
大丈夫だと彼女が言っている気がして
そっと その手を離した
「彼の身体は、
その時からすでに鬼への変化が……
少しずつ始まっていたと言う事ですか?」
あげはが詳細を聞き出そうと
悲鳴嶼にその時の彼の様子を尋ねる
「ああ。あの時の彼の
身体の中に鬼の気配があった…」
行方不明になった一月後には
既に鬼になる…変化が
彼の中では始まっていた…のか
四年前には既に…
「もう一人の彼は、望み通りに
すぐに鬼となったが、
彼はそれに抗っていた。
自らが、
鬼となる事を拒み続けていた……
と、言う事ですか…?」
あげはがその時の状況を
悲鳴嶼から聞いた言葉を頼りに
整理をし始める
「人から鬼となる変化は、
死にも勝る苦痛であるとも聞く。
その変化の状態をずっと……味わいながら
自らの意思で自我を保ち続け、その上……
それを拒み続けていた居たのか…」
「彼の……心は、あの時。
紛れもなく人……そのものであった。
私には、出来なかった。
親友である彼を、自らの手で、
殺める事が……出来なかった…。
彼が人の内であるなら、
それは、恐らく……容易かった
……であろうのに…、私は」