第35章 罪と罪 前編
『…お館様。お願いにあります…、
もし私が、彼に打ち克つ事が出来ず…、
鬼と…なり下がった折には。私を…』
『容赦なく、討ち取って欲しいと
君は言いたいだろうけど…。
透真…、良く聞いてくれるかな?
今の柱の子達に…は、
鬼になった君を、
倒せるだけの子は居ない…よ。
それは、剣の強さだけの問題じゃないんだ。
君は皆に慕われているから。誰も君に…
剣を向けたりできないだろうからね』
先程 顔を近付けた時に気が付いた
彼の首や…手首にある傷跡は…
どれもが 死に至る程の深さのない
ためらい傷の様な物で
その彼の身体にある傷跡が
指し示す所は つまりは…
『それに、透真。君は…、
君の手で死を選ぶ事を…、
許しては貰えないんだね?彼に』
彼が自らの意思で
自らの死を選ぶ事が許されていない
その 証だった…
『透真。あげはは…、
君のしようとしている事を
知っているのかな?』
『いえ、…彼女は知りません…』
人の身…でありながらも
己の中にある もう一人の己は
鬼になる為の計画を
虎視眈々と練って居て
今は それを抑制してはいるが
もし それが…
己にも制御できなくなれば
今は… そうでなくとも
近い将来にそうなると
それを 自分自身が
一番良く知って居て
鬼と成りても誰にも討ち取って貰えず
それでいて
自らの意思で 死を選ぶ事も
叶わない
彼の心は きっと
絶望の淵に在るのかも知れない
もし その絶望しか見えない未来に
ほんの一つの
希望の灯を…… 灯せるのであれば……
これぐらい…の事しか
彼に掛けてやれる言葉が…見当たらない
『だったら…透真。君は、待てるかな?
今は……まだ、ほんの兆しにしか過ぎない。
その兆しが満ちる時を…。待てるかい?』
自分でも 恐ろしい程に
何と無責任で残酷な
そんな言葉なのだろうかと
そう思わずには居られない