第34章 彼からのお土産
あげはが布団の上に並べていた
小町紅の一つを杏寿郎が手に取って
「手を……出してくれるか?」
言われるままに杏寿郎の方へ
あげはが自分の右手を差し出すと
あげはの手の上に とん と
その紅を杏寿郎が置いた
「あの、…杏寿郎?」
すぐ目の前に 赤い瞳があって
その目に 見つめられてしまって
どうにも ソワソワと落ち着かない
気持ちになって来る
「…杏寿郎?」
「明日の朝に……君がこれを差す時に。
君の唇に俺の手で……、差しても?」
そう尋ねてお伺いを立てて来る
その杏寿郎の表情と声色に
只ならぬ色気を感じてしまって
今すぐにじゃなくて それも
明日の朝の話をしているのに
別に 変な意味でもなくて
紅を差してもいいかと聞かれている
それだけの事なのに……思わず
ごくり…と固唾を飲んでしまった
「まぁ…、差した所で、その端から…
落としてしまうかも…知れないがな?
そうして、また君が紅を
差しなおす姿を見れば。また
落としてしまいたくなりそうな物だが……」
「もう。杏寿郎ったら。
…そんな事、朝からしてたら。
何時になっても、支度が終わりませんよ?
……あ、紅の事ばかり
話していて忘れる所でした……こちらの事」
そう言って巾着の中に
一緒に入っていた茶色い瓶を
あげはが手に取った
「ああ。それか。
……そっちは先日の君への
お詫びの品だが?」
お詫びと言われて
あげはが何の事だろうかと思いつつ
その手にした瓶の蓋を開くと
ふわっと薫ってくる
そのフルーティーな香りで
それが何かに気が付いた
「この間の香油のお詫び…、でしたか。
お気遣いはよろしかったですのに…。
でも、どうして……あんず油をお選びに?
髪に使う油は……昔から定番の
椿油とあんず油。それからゆず油、
……他もあるにはありますが…」
「ああ、それか。君自身の香りを
一番邪魔しない香りだと思ったからな。
それに君の髪…、
指通りがサラサラしているだろう?」