第32章 深まる謎と謎
小野小町と名前を聞いて
杏寿郎が顔を顰めた
紅の話をしているのに
何故 小野小町の名が出て来るのか
それに 小野小町……と言えば
「小野小町…か、
野晒しにして犬に食わせろの
歌のイメージしか俺にはないのだが…」
そう言いながら
ますます杏寿郎が顔を顰める
「はははははは。確かにその歌は
衝撃的ではありやしやすが。
まぁ、絶世の美女の名を冠して、
小町紅と言う紅でさ。
品質は保証しやすぜ?お客さん
それにこれは…、1つで色んな色が出せる。
水の量、重ね方…それで何通りにも
色が楽しめる、悪い買い物じゃありやせんぜ?
どうでぃ、お客さん。如何でさ」
「はははははは。主人。なかなかに
主人は商売上手だ!なら、ここにある
その小町紅とやらを、全て貰おう!
後、…その奥にあるそれも、一緒に
包んでもらいたいのだが…」
杏寿郎の言葉に自分から
勧めて置きながらも
あっさりと渋る様子もなく
購入を決意した杏寿郎を見て
店の主人は驚きを隠せなかった様で
空いた口が塞がらないままで
しばらくぼんやりとしていた
それも そうだ
小町紅は紅の中でも最上級品で
明治からこちら 紅は安価の口紅が
市場を占めていて 従来の紅の流通は
年々低下して行っていたし
主流だった江戸時代でさえ
高価な小町紅をさせるのは
ほんの一握りの
選ばれた女性だけだったのだから
「どうした?主人。聞こえておられるか?」
「いや、ああ、すいやせん。
にしても、お客さん……アンタ。
豪快な買い物をなさるお客さんだ。
あっしも長年この商売をしていやすが。
アンタみたいな、
買い物をして行く客は初めてでさ。
ちょっと待ってなせぇ。すぐ用意しまさァ」