第4章 ちょっとだけ 分かったこと
ステージのすぐ近くの正面の席で
他の自由席より座席と座席の間隔が取ってあり
シートも別物だ
クイッと袖を引かれたかと思うと
彼女が耳元に顔を近づけて来て
「良かったんですか?高かったんじゃ
…特別席…ですよね?ここ」
いつも 俺が楽しみで観ている能楽の
二等席よりも安かったので
俺に取っては
気にするような金額ではないのだが
「ここなら俺の後ろの人が、
見にくくなる心配もないと思ってな!」
「あ、成る程。そうでしたか、
…でしたら、良いんです」
あまり女性に
色々と気を遣わせるべきではないし
肩を並べてソファーシートに腰を下ろすと
ふわりと 甘い花の様な香りが 鼻先を掠めた
「ん?」「どうかしましたか?」
俺の様子に気づいて あげはが声を掛けてきた
「花の様な甘い香りがすると思ってな」
甘い香りがすると言われて
周囲の匂いに意識をやるが
特に気になるような香りはしない
「花?私には…、何も…あ、でも」
何か思い当たる様子で顔を上げた
「もしかすると、髪を整えるのに使っ
た香油の匂いかも知れません
あ、キツいですか?大丈夫です?」
香油の香りが強すぎるのではないかと
彼女は心配している様だ
「いや、隣にいて微かに感じるくらいだ、
気にしなくていい。問題ない」
問題ないと言われたが
じっと私の顔を見つめる視線が
いつもよりも熱く感じる
ただでさえ目力が強いのに
熱い視線を向けられてしまうと
穴が開くどころか
そこから焦げてしまいそうだ
「あの、…やっぱり臭います?」
恐る恐る尋ねてみると
「確かめても?」と真剣な顔で確認されて
「へ…?」
一瞬理解が出来ず腑抜けた声が出てしまった
確かめるって 何を?どうやって…?
徐に杏寿郎があげはの髪を一房
手で掬い取ると 鼻先を髪に近づけた
え?え?ちょっと…それは…ちょっと
まずいのでは…ないか
止めた方がいいのでは?
と思っている内に髪から鼻を離して
「いや、確かにこれも花の様な香りがするが。
違うな…、この香りじゃない」と言った
思いもよらない様な 彼の行動に 私の顔は
今 きっと赤くなっているに…
違いないと思うほど
熱くなっているのが…わかる
ここが薄暗くて 良かった
「でも、それ以外は何も…
香りのあるようなものは…」