第13章 湯治編 小さな蜜月 ※R-18
右耳をグッと強く押さえていた手の平に
ぬるぬるとした生暖かい感触が伝わる
手で受け止め切れなかった分が指と指の
隙間から溢れて畳の上に落ちる
ボタボタと血が畳の上に次々に落ちて
血溜まりが出来ていく
「あげは!」
大きな声で名前を呼ばれて
痛みで瞑っていた瞼を開いた
「きょ、…杏寿郎?」
「手を、退けてくれ」
右耳を塞いでいる手を退けろと言われる
きっとこの手を離せば音の影響が
すぐ側にいる杏寿郎にも出てしまうだろう
「俺の心配なら不要だ!
俺は大丈夫だから、手を退けてくれるな?」
優しく安心させるように諭すように言われて
右耳を塞いでいた手の力を緩めると
シュッと何かを右耳の中に
吹き付けられたかと思うと
痛みが嘘の様に引いて行くのを感じた
「痛く……なくなって、それは?」
「かなり高濃度の血気止めだ。
噴霧できるよう胡蝶にしてもらった」
耳の中に違和感を覚えて
あげはが頭を左右に振ると右の耳の奥から
コロリと畳の上に
1センチにも満たない大きさの
赤いビー玉の様な物が転げ出てくる
「これ…は?」
「恐らくそれが、
君の右耳に寄生していた血気術だ」
赤い色に見えるのは
その中が血で満たされているから
「耳の中なら、直接陽光に晒される心配もないし。
耳と脳は近いから音も届けやすいからな!
まして、君はなまじ剣の腕が立つ、君が胡蝶の
言いつけ通り常に、無傷なのであれば、鬼の
血気術を食らう事もないから、
血気止めを使われる心配もない」
そうでなければもっと早く
彼女を声の呪縛から救えただろうがな
「結果それが、彼の血気術を長く
のさばられるのに、繋がったんだろう。
悔しい限りではあるがな!」
「でも、良かったんですか?
血気止め使ってしまって」
きっともう彼は彼女の耳を使って
俺達の会話を盗み聞きも出来ないだろうが
「彼が、君に害を及ぼさないならもう少し
置いておいてもとは思ったが、
君に危害を及ぼすなら別だ」
「これが…、私に彼の声を聞かせてたの?」
「かようにも、君に彼に抱かれる夢を、
夜毎に見せていたのもこれだが?」