第12章 湯治編 刀鍛冶の里にて
音は波のように伝わると言うけど
こちらからそれを阻害する
それに似たような物があれば
つまりは音に対して
別の音を当てて相殺できれば…
もしかすると…
あげはが何か思い付いたのか
声に出さないで 杏寿郎の袖を引いた
ジェスチャーで
笛を吹くような仕草をして見せる
そう言えば列車で自分の鴉を呼ぶのに
笛を吹いていたな
俺が初任務で出会った神経を狂う音を出す鬼も
笛を使っていたしな
耳栓で防ぎ切れない音に使えるかもしれない
「腹が減ったな!夕飯を頂きに行くとしよう!」
今まで会話がまるで無かった事の様に
別の話に切り替えられて
あげはが返答に詰まった
「え?あ、ええ。そうですね」
と歩き出そうとした時に
ちょっと待てと呼び止められる
先程彼が残した牙の跡から滲んだ血を
杏寿郎が舌で舐めとった
「ひゃあっ!ちょ、なにするんですか!」
「君の体に傷を残すとは、
断固として容認しかねる!」
「杏寿郎…さんっ」
「違うのか?君は…もう、俺の物のはずだが?
それは俺の認識違いか?君の心も…想いも全て…
今は…俺の物だろう?」
耳から溶けて行きそうだ
声が熱い 熱くて
聞いてるだけで その感情が私に伝わるから
「はい…、まぁ、確かに、そうですけども…」
「彼は、次の満月に来ると言っていたからな。
あげは。君は…覚悟を決めるといい」
“覚悟”と言うと
…きっとこの場合の覚悟は
彼を討つ事への覚悟ではなくて
返事をすぐに返さなかったので
私に意図が伝わらなかったと思ったのか
「名実共に俺の物になる…と言う、覚悟だ」
名目としてだけでなく
実際に… 杏寿郎さんの物に…なる…
と聞いてその内容を深読みしていて
ある事に気がついた
次の満月の夜にって
私はその話は知らない
透真が彼と話して来たと
言ったのは本当だったのか
「杏寿郎さんは、彼と…、透真と話を?」
「ああ。君と彼が話す前にな」
「でも、私も…あんな風に実体の様な物を
伴って話したのは初めてですよ?」
目の前の杏寿郎がつまらなさそうに
明らかに面白くなさそうな顔をしていた