第11章 バラと琥珀糖
「あげは」
静かに産屋敷が名を呼んで
あげはが顔を上げた
「はい、お館様」
「杏寿郎を救ってくれた事、感謝するよ…」
「お言葉ですが、私は感謝して頂くには
及びません。私が…彼を死なせたくなかった
のは、私の私情ですので」
「私情…?それは…本当にただの私情
だったのかな?あげは」
産屋敷の言葉にあげはが顔を赤く染めた
「そ、それは…その…私が…彼を」
「聞かせてもらえるかな?杏寿郎、あげは
まだ、私に話したい事があるんじゃないかな?」
まるでお館様は全てご存知の様だ
だからこそ俺に…あげはを幸せにしてほしいと
託されたのか…
お館様の前に傅いたままで杏寿郎が答えた
「あげはと、結婚する事になりました」
「それは、めでたいね。自分の子供の事の様に、
喜ばしいと思うよ?やっぱり、杏寿郎は
凄い子だ。あげはを…頼んだよ?」
「はい、無論、承知にあります」
「その、申し上げにくいのですが…、お館様」
「あげは、君は自分を責めてはいけないよ?
君が悪いんじゃないって、皆も思ってるよ?
でも君が、杏寿郎と一緒になると決意してくれて
嬉しいと思ってるよ。ひなき…あれをここへ」
「畏まりました」
あれをと産屋敷が
自分の子供に何かを取りに行かせて
「あげは、彼を…討つんだね」
「でないと、私は…前に進めないので…」
「なら、これを着て彼を討ってくれるかな?」
そう言って取って来させた
一枚の羽織をあげはに差し出した
「それは…」
私が…柱になった時に
お館様より賜ったあの羽織だ
私の…羽織 柱を辞した時に返納した物
色褪せたり染みもなく
丁寧に保管されていたのが分かる
「しかし、私には…これに袖を通す資格が…」
今の私は もう鏡柱ではないのだ
これに袖を通す資格など
とっくに昔に失ってしまっている
「これは、君の羽織だ。他の誰かが
着ていい物じゃないんだよ。あげは」
「お館様……、私は」
「あげは!お館様のご意志だぞ!
受け取るといい」
杏寿郎に促されて
産屋敷に差し出された羽織を
あげはが受け取る
私の 羽織……
これを着て柱をしていた時の事が
鮮明に頭の中に蘇って
あげははこみ上げてくる物を感じた