第11章 バラと琥珀糖
全てが血気術なんかじゃない
自分の感情だと言われても
何の違和感も抱かないからな
そして 目の前の彼女の感情も
それに同じだと 言う事
「全くもって、いやらしい……な」
と声に出てしまって
「え、ええっ?いやらしい……ですか?」
いやらしいと言われたのが
自分の事なのかと
あげはは驚いているようだったが
そうやって俺の言葉を言葉通りに受け取って
コロコロと表情を変える あげはは
また 可愛らしいと思ってしまう
あげはの目の前に
杏寿郎が手の平を広げて見せたので
あげはもそれを真似るようにして見せた
その手を杏寿郎が取ると指先で
”彼に 何を 言われた?”
声ではなくて私の手のひらに
杏寿郎がそう書いた
まあ 大体の想像はつくが…
あまりいい言葉ではないだろうしな
それは彼女の表情を見てればわかる
「あの、私の部屋に…来て…、貰えますか?」
彼女の私室へと誘われて
と言えば 期待してみたくもなるが
この場合は
そう言った意味合いではないのだが
部屋へ通されて椅子は一つしかないので
ベットに座るよう促されて座ると
あげはが1冊の日記を差し出して来た
読んで と声を出さずに唇だけ動かした
日記なら気が引けるが
彼女が聞いた“彼の声”を集めた物だった
彼女自身も“幻聴”にするにしてはおかしいと
思う所があったのだろう
ある程度 読み進めると
彼女への愛を囁く言葉と
彼女への罵倒する言葉の羅列が
交互に来るのがわかる
飴と鞭を使い分ける 典型的な洗脳の手法だ
「君は、今でも彼が好きか?
忘れられない程に」
「好きなように見えますか?」
正直な所 そうは見えない
「俺では、彼の代わりになり得ないだろうか?」
「杏寿郎さんは、杏寿郎さんですから、
代わりになる必要ないですよ」
ふと視線を移した時に
ある物に気が付いた
「あれ、まだ残っていたんだな」
机の上の琥珀糖を見て杏寿郎が言った
「ええ、良かったら召し上がられますか?」
「そう言えば、味を確かめてなかったな」
あげはが机の上の琥珀糖の瓶を
こっちへ持って来て
中から一つ摘まむと杏寿郎に差し出した