第80章 それぞれの前夜
「たまたま…さっき、散歩に行った時に
これを見つけたから、買っただけだ…。
君の代りに…、礼を…しておくだけ…だしな…。
別に…それ以上の…物は…ない…、
それから、これは…たまたま隣にあったからな…
たまたまあったから、ついでに買っただけだ…」
そう言って もうひとつ…袖から
ガラスの風鈴を取り出して
先程先に置いた
蝶の柄の描かれている風鈴の隣に
夏の夜空を彩る 大輪の赤い花火が咲く
ガラスの風鈴を槇寿郎が置いて
「夏の夜に咲く、大輪の花の様に、
咲いて散って貰っては困るが…。
アイツも…男として、
ひと花…咲かせて来てくれると…、
俺は…信じてる…つもりだ。瑠火…」
こうして…2つ…花火の柄の風鈴と
蝶の柄の風鈴を並べて見ると
まるで…目立ちすぎる大きな花に
蝶が引き寄せられている様にも
見ようによっては…見えなくもないか
まぁ…花に興味のない…アイツみたいな蝶でも
見るつもりがなくても…あんな花が咲いてたら
嫌でも視界に入るだろうし…な…
ふぅ…と一つ…槇寿郎がため息を付いて
自分の腕を組むと
「こうして眺めていると、
花火の柄がヒマワリに見えなくもない…か」
仏間の襖の向こうに気配を感じて
千寿郎がお茶の用意が出来たと
俺を呼びに来てくれたのだろう
「すいません、父上。
お茶の用意が…整っておりますが。
どちらの方にお運び致しましょう?」
「千寿郎、縁側に頼むと望月に言ってくれ」
「はい、畏まりました。
望月さんにお伝えして参ります」
「ああ、すまん」
槇寿郎が縁側に向かって腰降ろすと
それに少し遅れて
お茶とたい焼きを乗せた盆を持った
望月と千寿郎がこちらへ来た
「旦那様、お茶をどうぞ。
先程賜りました、馬車の手配の件。
明朝に屋敷に到着する様、手配をしております」
「望月、
その明日の朝の使いの件なんだが…。
俺の名代(みょうだい)として…、
千寿郎を連れて行ってくれ」