第80章 それぞれの前夜
「旦那様、今からどちらかへ
お出かけになられるのですか?」
「ああ、望月か。ちょっと出かけて来る。
日暮れまでには済む、心配いらん。
望月、お前に頼みたい事がある…。
明日の明朝に…馬車を手配をしてくれ。
お前に使いに行って貰いたい場所がある…」
「私に…で御座いますか?旦那様…。
畏まりました、馬車の手配…致しておきます」
「ああ。頼んだぞ。行って来る」
そう言って屋敷の玄関から
出て行く槇寿郎の後ろ姿を
玄関で望月が頭を下げて見送った
槇寿郎が屋敷を後にしたのと
入れ替わりになる様にして
千寿郎が玄関の方へやって来ると
その場にいた望月に声を掛けて来た
「あの、望月さん。父上は
お出かけになってしまわれましたか?」
「千寿郎坊ちゃん。
ええ、旦那様でありましたら
つい、今しがたに、
お出かけになられましたばかりにございます。
今でしたら、そうまだ
お遠くには行かれておられないかと…。
後を追われますか?坊ちゃま。旦那様に、
お急ぎのご用件にございましたか?」
その望月の問いに千寿郎がいいえと
特に用事はないのだと首を横に振って来て
「いえ、
葛葉様がお帰りになられてから、
父上のご様子が、
気になって居ただけですので。
お出かけになられたのでしたら、
大丈夫でしょうし。僕の…
気にし過ぎ…であれば、それで良いのです」
そう千寿郎は言ってはいるが
自分の父が気になっている様に
望月の目には映った
「では、お気をつけて
行ってらっしゃいませ、千寿郎坊ちゃま」
そう言って出かけると言ってないのに
望月が深々とこちらに頭を下げて来て
「すいませんっ、ありがとうございます。
望月さん、行ってまいりますッ」
望月に対して千寿郎が
深く頭を二度下げると
慌てて履物を履くと
先に屋敷を出た 槇寿郎を追って
そのまま屋敷を後にした