第10章 追憶 煉獄家にて
「少々、…長くなりますが。聞かれます?」
「君の方から、話すつもりになって
くれたのだ、聞くに決まっている!」
「少し、お待ち…頂いても?」
そう言って離れを出るとあげはは
一升瓶とグラスを二つ持って戻って来た
飲まないと出来ない話
なのだな彼女にとっては
ドボドボと勢いよくグラスに
日本酒を注ぐと それを一気に煽る
空になったグラスに
もう一杯日本酒を注いで
それも水でも飲むかの様に
一気に干してしまった
「大丈夫…なのか?」
酒の弱い女性なら
そのまま酔いつぶれる様な量だが…
目の前の杏寿郎が信じられない物
でも観てる目をしていたが
それに構う様子もなくあげはは話を始めた
「私は、本当の親の名前も顔も知りません…、
まして、自分の本当の生まれた場所も
自分の名前さえも」
彼女は元々 孤児だった
別に珍しい境遇ではない
鬼に親を殺されてそうなった者
流行り病や貧困でそうなった者
「私が憶えている一番古い記憶は…、
5歳位の頃の物ですかね
人買いの男に…、吉原へ売られる所でした」
もし 彼女が吉原へ売られていたら
今ここに彼女はいないだろう
彼女はまだ年期明けの年齢ではないし
「吉原へ売られる途中で、
1人の初老の男性が私を買ってくれたので。
吉原へは、売られてないですよ」
と俺を安心させる様に笑った
だが もし 吉原に彼女がいたら
俺は足繁く通っていたのかも知れないが
「その人は、医者でした。
元々は町医者をしていたのですが
流行り病で、妻と1人娘を亡くした挙句…、
自分の妻と娘も治せないヤブ医者だと、
追われるように町を出たそうです」
初老の医者は全てに絶望し
自分の死に場所を探していたのかも知れない
「その医者の、…父の娘に
私の顔が…似ていたそうで…
私は父の、養女として育てられました」
彼女の父はそれから病院を別の場所で再開し
ある村のはずれに
30人ほどの患者を入院させていたと言う
彼女の父の病院は
いわゆる“奇病”と呼ばれて
本当の家族からも疎まれて
厄介払いされていた人を
寄せ集めて居場所を作っていた様だった