第77章 鏡柱と羽織
あの時の俺が感じていた
目の前に居る存在であるにも関わらず
遥か彼方の遠くに居る様な
そんな感覚を感じない
「あげは…、やっと天から俺の所に…
降りてくれる気になってくれたんだな」
「杏寿郎…?何を…」
俺の言葉の意味が分からないと言いたげに
不思議そうな顔をしながら首を傾げる
そう言えば あの時の
俺の求婚を聞いた時の彼女も
こんな顔をして居た様な気がするな
「今度はあげは、俺が君を救う番だ」
「杏寿郎…」
彼女は… あげは…
その4年の月日の間 ずっと
常に葛藤に…その身を置いていたのだからな
そんな 迷いと憂いの中に居た
あげはを…彼女を…
今の俺なら… 救う事が…出来るし
今の彼女は まごう事無く 俺の前に居て
その姿を俺の目に映す事だけじゃない
俺の手を伸ばせば あげは
君の その頬に触れる事が出来る
俺の腕の中に あげはの
その身体を抱きしめる事が出来る
もっと…それ以上の事も含めてに
それが 俺に許されている
いや そうじゃないな
俺だけに
許されているのだと言う事実…を
俺が確かめたい…
だけなのかも 知れないが…
5年前のあの日…
目の前に居ながらに遠く離れていた
俺とあげはとの距離は
5年の月日を経て…今
すぐ 目の前の距離にあって
俺の手が届く場所に
肩を並べて歩める場所に
彼女が居る
「杏寿郎…、私は…
柱に戻るつもりはやはりありません。
ですが…、この羽織は…、私の為の物だと
お館様も仰って下さいましたので…。
柱に…戻る事はあらずとも、剣士として。
彼の継子として、この道を…
自分の剣で進みたくございます。
育手である師範には、優しすぎるから
剣士には…、鬼殺には向いてないと
そう言われはしましたが…。私のままで、
その先に進めとも、言われましたので」