第77章 鏡柱と羽織
ガラガラッと音を立てて
杏寿郎が広間の障子を開くと
衣桁掛けに並んで2つ
杏寿郎の羽織と私の羽織が置かれて居て
「あげは…、俺の願いをひとつ…
君に聞き入れて貰いたいんだ。
明日のその時に…ではなくて。
今の一時だけでいい。俺の為に…、
その羽織を着て見せてくれないだろうか?」
「杏寿郎の為に…に、
ありますか…。構いませんが…」
「それから、あげは。その前に、
それをこちらに…貰ってもいいか」
衣桁掛けにある 鏡柱の羽織に
手を伸ばそうとしていた手を
杏寿郎の言葉にあげはが止めると
杏寿郎がこちらに向けて広げたその手の上に
先程 杏寿郎から贈られた
2本の対になる
6輪のバラと蝶を模した簪を乗せる
衣桁掛けに掛かっている羽織を
自らの手に取って
白地に銀糸で花曼荼羅が刺繍されている
鏡柱の羽織に シュルっとあげはが袖を通す
あげはがその羽織を身に纏う様子を
杏寿郎は無言のままで静かに見つめていて
「まだ、あげは。
その羽織は重いと感じるか?」
そう杏寿郎が問いかけて来て
いいえとあげはが自分の首を左右に振る
「いいえ、重くは…感じませんが…。
だからと言って、羽の様に…軽いとも
言えない様にあります…ね」
重いと感じていたとしても
今の私は この羽織の重さから
逃げる事は許されてはおらず
重かろうとどうであろうと
背負いながら羽織るしかないし
一度は 捨てた羽織だったのだ
鏡柱の名と共に…失った物だったのに…
何の因果なのか…
また 4年の時を経て…戻って来た
私の元に…
あの時のままの姿で
これを羽織っていると
まるで時が4年前に戻ったかの様な…
そんな 錯覚さえ覚えてしまいそうにある
「あげは…。俺に…あの時の、
5年前の…やり直しをさせてくれないか?」