第74章 ちょっとした逢引
雪見障子の向こうには
小さいながらに整えられた
枯山水のこの離れからしか見る事が出来ない
塀で囲まれた坪庭を眺める事が出来る
「確かに…、
杏寿郎が仰っておられました通りに。
こちらは、粋で…趣のある坪庭の
眺められる離れにありますね」
「蕎麦は、慌ただしく食べる物だが、
こうして静かな場所で、腰を据えて
あげは。君と2人で
ゆっくりと頂くのも悪く無いな」
ある事に気が付いた
いつまで待っても注文を取りに来ないなと
確かに そば茶とお手拭きは出されてるけど
「ここの離れでは、食べられるのは
会席のみになってるからな。
会席料理で利用する客、専用の離れなんだ。
まぁ、ここの離れは、あっちの
二階の様な使い方は出来ないがな」
「なっ…っ、杏寿郎。
もしや…、始めから分かっておられて…。
そう仰っておられたのですか?」
雰囲気のいい静かな離れは
2人切りでゆっくりと
誰にも邪魔をされずに
食事を愉しむにはうってつけの環境だった
会席の始めに出されたのは
3種類の蕎麦湯の飲み比べだった
なみ 更科 田舎の蕎麦の蕎麦湯が
飲み比べられる様になっていて
3種類の色の異なる丸湯筒に湯飲みが付いていた
自分の舌と口にその違いが
分かるのだろうかと
そんな不安をあげはは
内心感じて居たのだが…
「蕎麦湯の味の違いなんて、
あるのかと思って居たが…。
それぞれに香りがこうも違ってくるんだな…」
その後に前菜の盛り合わせが運ばれて来て
その繊細な盛り付けは
大衆食の蕎麦屋のそれと言うよりは
料亭のそれの様な
繊細さのある盛り付けをされていて
合鴨の燻製 蕎麦豆腐
厚焼き玉子に 生湯葉等…
ここは蕎麦屋だと忘れてしまいそうになる
話を聞けば ここの主人は
元々は小料理屋で板前をして居て
旅先で出会った蕎麦の味に
心を打たれて蕎麦屋を始めたらしい
蕎麦ばかりではなく
小料理屋で培った技術を忘れない為にと
この離れ限定で
会席料理を提供してるのだそうだ