第72章 その恋は……
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夕食を摂る店も予め予約をしていてくれた様で
連れて来られた場所は
こじんまりとした大きさが丁度いい
割烹料理屋だった
部屋からは 和風の電飾で照らされた
1坪ほどの空間を上手く利用した
小さいながらに赴きのある中庭があり
少し欠けた月の形をした窓から
その庭を眺める事が出来る
「とても…、いい雰囲気のお店ですね…」
「昔ながらの築100年以上の日本家屋を、
今の形に改装した店らしいが…。
古さの中にもモダンな今風さもあって…。
落ち着いて食事が頂けそうだな」
「こちらのお店も…、
春日さんのオススメですか?」
クイッとお猪口を傾けると
ふぅっと杏寿郎が小さく息を付いて
「あの宿を泊まりで利用したいと、
春日に話したらな。そうしたらな、
夕食はこちらで是非ッと言われてしまってな。
あの春日が、自信を持って進めて来た店だし。
この雰囲気もだが、
味も間違いないと思っていいぞ?」
くすくすとあげはが
口元を押えながら笑っていて
「そうですね、春日さんの情報通ですし。
それに、美味しい物に関する
情報網は…凄いものがありますし…」
運ばれて来るお料理は 皿にも細部まで
拘りが伺えるし 盛り付けも箸をつけるのが
勿体ないと思う程に繊細で美しい
「この美味い料理に合う、
美味い酒でもどうだ?あげは」
「ええ。ありがとうございます、杏寿郎」
そう言って酒を勧められて
熱燗を自分のお猪口に注がれて
グイっとそのお猪口を干した
少し欠けた月の窓からは
植えられている細い竹の間から
その窓よりも更に僅かにだけ欠けた
殆ど満月に近い形になって居る月が浮かんでいて
「不安か?…あげは」
杏寿郎がそう問いかけながら
あげはの肩に腕を回して
自分の肩に回された腕に
あげはが自分の顔を寄せる
「杏寿郎…、私は…時折、…。
分からなく…なってしまうのです…ッ。
もう、迷っている…時間なんて…
私には、残されても…おりませんのに…ッ」