第70章 町行かば 再び
あげはのその答えに杏寿郎が満足そうに頷くと
「そうか。なら、十分だ。
それにしても珍しいな、…君が
そんな事を俺に尋ねて来るなんてな…」
「映画の影響を…、少しばかり…
私も受けただけにあります…」
そのあげはの横顔を見ていると
確かにまだ映画の興奮が冷めやらない様で
ほぅ…と遠くを眺めながら
熱いため息を漏らしていて
「まぁ…、俺としては…あげは。
君に愉しんで貰えたなら何よりだ」
お茶でも飲んで行くかと
その通りにあったパーラーに入ると
小腹が空いたと言う割には
テーブルの上が注文した甘い物で
埋め尽くされていたから
杏寿郎は杏寿郎だと思わされてしまうのだが
パーラーを出ると
2人で手を繋いで街を歩く
こんな時間を過ごして居ると
もう…その時がすぐそこに迫っているのを
杏寿郎と過ごす 今のこの時間が
楽しくて忘れてしまって居る自分が居て
「杏寿郎…、今日は…、
ありがとうございました。私の為に…」
「何も俺は、君を気分転換の為だけに
街に連れて来た訳じゃないぞ?あげは。
確かに、今はそれを忘れて…
君と2人だけで過ごしたい気持ちもあるが。
俺から君に…振袖を贈りたかったからな。
どうせ贈るんだったら、仕立て上がりじゃなくて。
仕立てた物を贈りたいと思っただけの事だ」
「まさか、あの振袖もすぐに袖を切られる
事になるなんて、思ってませんでしょうしね?」
言葉の形…では無いが
これも 未来へと続く…約束なのだろう
杏寿郎が今日 私の為に仕立ててくれた
あの振袖に袖を通す時には…
全てが終わってるのだから
私が杏寿郎の振袖に袖を通す時
あの振袖の袖を切る事になる時…
私は その時をどんな気持ちで迎えるのだろうか…