第67章 春日の決意とカナエの配慮
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そんな話をしながらも
入浴を済ませて
着物をきちんと着直すと
あげはは
鏡台に向かって崩れていた化粧を整える
この鏡台に向かう度に
あの夜に鏡台で杏寿郎とした時の事を
鮮明に思い出してしまう
ふぅーーっとその気持ちを落ち着ける様に
あげはが細く息を漏らすと
俯いていた顔を上げて
鏡の中を見れば
鏡の中に
杏寿郎が寛ぎながら
こちらの様子をじっと見ているのが見える
「待ってくれ、あげは。
紅は…、俺の手で引こう」
「ええ、でしたら。お願い致します、杏寿郎」
杏寿郎が紅を自分の手で差したいと言って来て
その彼の申し出に了承すると
杏寿郎に贈って貰った
小町紅の毬の様な器を
あげはが杏寿郎に差し出して
杏寿郎の手の上にそれを置いた
杏寿郎がその玉虫色に輝く
深い緑の紅に水を混ぜて溶くと
玉虫色に輝く紅が
水に溶かれた部分だけ
濃い深い緑が深紅に変わって行く
「あげは…、俺の方を向いてくれるか?」
「これで、いいですか?杏寿郎」
彼が紅を差しやすい様に
あげはが自分の唇を
彼が差し出すようにして向けると
彼の薬指の腹が
あげはの形のいい唇をなぞって
深紅に近い色で紅を
唇に乗せられて差されてしまう
「ふふふ、杏寿郎が差すと、
いつも深紅になってしまいますね」
「君は、赤すぎて似合わないと言うが。
俺は、そうは思わないぞ?あげは。
いつもの淡い色味も似合うが、
君のその肌には深紅も似合ってる」
そう言って 唇を
紅を引いたばかりのあげはの唇に
杏寿郎が重ねて来ようとするから
「口付けはダメであります、杏寿郎。
この紅は高級品にありますので。」
口付けるのはダメだと言いたげに
あげはに顔を逸らされてしまう
「な、なぁ。ちょっと、待ってくれないか?
あげは。俺は、落としてもいい様にと、
これを君に贈ったんだぞ?
俺が俺の贈った紅を落として、
何がいけないと言うんだ?」