第64章 結納編 午後
「すいません、父上。
俺もそろそろ自分の物を
持つのを考えた方が良さそうだ。
ありがとうございます、お借り致しました」
杏寿郎が槇寿郎に携帯用の筆を
綺麗に納めなおすと戻して来て
槇寿郎が杏寿郎からそれを受け取る
「そうだな、なら…、
お前のを選んでやらん事もない」
「父上が…、ですか?」
「父親が息子に物をやって、何が悪い?」
槇寿郎がそう言って眉を顰めると
杏寿郎が慌てて手を振りながら
「いえっ、そう言った意味では…、その、
ありがとうございます、父上」
「相変わらず、お前はせっかちだな杏寿郎。
礼は、まだ早いだろうに」
「兄上…あの、また…」
「そうだな、千寿郎。
全てが済んで、落ち着いたら。
今度はゆっくりあっちに、
あげはと、帰りたいと思ってるぞ?
また、あげはに稽古を付けて貰うといい」
「はい、兄上。
その時を、僕も楽しみにしています」
ーーー
ーー
ー
あげはが控室に戻って
着ていたカナエの振袖を脱ぐと
それを手に持ったままでしばらく眺めていて
「……カナエちゃん…、今日はありがとう」
そう独り言の様に
誰にも聞こえない様な小さな声で
自分の手にある振袖に向かって礼を言う
この振袖を畳んで しまってしまったら
今日が…終わってしまうのだと
自分でも感じて居て
あれほどにこの振袖に
自分が袖を通すのに
遠慮して敬遠してしまって居たのに
いざ 袖を通したら通したで
カナエを側に感じる事が出来て
それを惜しんでしまっている自分が居た
「………」
その振袖をあげはが無言で眺めるの様子を
三好が控室の入り口から静かに眺めていて
あげはに声をいつ掛けようかと
声を掛けるタイミングを計って居た