第62章 結納編 朝
所謂 三面鏡ではなく
ドレッサーと言う西洋風の鏡台は
姉であるカナエの愛用していた物だ
カナエ姉さんが使っていた家具は
あげはさんと形見分けをしたのだが
この鏡台は私が
その時に譲り受けた物だ
「さあさあ、しのぶ様。
こちらへどうぞなのです」
「どうぞ、なのであります」
「どうぞ、です~」
3人娘に背中を押されて
カナエの鏡台に座らされる
その頃 カナヲはと言うと
同じ様にしてアオイに
結納に出席する為の支度を整えられていた
カナヲの部屋の窓からは
初代の花の呼吸の隊士が蝶屋敷の庭に植えた
必勝と言う名の桜の木が見える
今は春ではないので
その木には花は咲いてはいないが
「カナヲは、よく一緒に
眺めておられました…ね。
カナエ様と、あの桜の木…を」
いつの間にかカナヲの視線が
庭のその木に向いているのに
アオイが気が付いて声をカナヲに掛けて来た
「あの木…好きだから、見てた。
私が桜を見てると、いつも…知らない間に
カナエ姉さんが後ろに居て、一緒に見てた。
桜の時期もそうでない時期も…」
この目であの桜を見ると
桜の時期で なくても
花が咲いてる様に見えるから
この屋敷の中でもお気に入りの場所だった
ー『またここに居たの?
カナヲはこの桜が好きね?
うふふ、私も一緒。
この桜、大好きだな。この桜の木はね…』ー
在りし日のカナエの姿が
カナヲの瞼の裏に
その声と共に浮かんでくる
「それに、満開の桜なら…
そこにあるじゃないですか」
そこにとアオイがカナヲの
訪問着を指差して来て
桃色の地色に満開の桜の柄と
2匹の色違いの蝶が舞う柄の訪問着
「よく一緒に見てた、あの桜の木。
カナエ姉さんと、そしてたらね…それを
あげは姉さんがね。遠くから見ていてね。
一緒に見ましょうって、
カナエ姉さんが誘っても私はいいからって。
桜の花よりも、
その桜を見てるふたりを見たいからって」