第60章 気遣いと気遣い 後編
「杏寿郎…、必ず生きて戻れ。
それ以外は許さんぞ?
そして、お前が、あげはを支えて生きろ」
「あの、お言葉にありますが父上。
あげはは、そこまで弱い女性ではない。
俺が全てを支えずとも、自分で立てる女性だ」
杏寿郎の言葉に
違うと言いたげに槇寿郎が
首を左右に振ると
「話は最後まで聞け、バカ息子が。
お前がアイツを支える理由は、そうじゃない。
アイツの分も、そしてやれと言っている…んだ」
アイツの分も
そう それすらも叶わない
彼の分も…と言いたいのか 父上は
ギュッと自分の膝に置いていた手を
杏寿郎が強く握りしめる様にして握る
「なら、尚更、お言葉にありますが父上。
彼の代りになれと、俺に言われるのであれば。
ただ彼女を、あげはを、支えるだけでは
不十分だ。俺は彼女と共に生きるだけではなく。
彼の分まで彼女を愛して、愛し抜かねば。
到底、彼の様にはなり得ませんでしょうから」
そう 彼の様には
三上透真の様には なれまい
「俺は、まだまだにあります。父上。
今の俺では、彼の足元にも及ばない。
それは重々に承知も理解もしております。
だが、一層にそれすらも、誇らしく
喜ばしくすらも感じる」
その杏寿郎の言葉を聞いて
グイっとお猪口を干すと
手酌で更にお猪口を満たして
グイっと煽る様にして干した
随分と 杏寿郎のやつも
短い間に 男を上げて来やがったな
まぁ それも
ある意味 あの時の杏寿郎と違って
男になった…からなのかも 知れんが
自分より 優れている相手を
認めて受け入れる 度量も備えて来やがったか
「三上透真を越える…か、お前も
中々無謀な奴だな。杏寿郎。
随分、無謀で馬鹿げた話だが…、
そんな馬鹿な話は案外嫌いでもない」
そう言いながら更に空になった
お猪口を満たそうとしたのを
杏寿郎が止めて来て
「どうですか?父上。
ここらで一つ、乾杯でもしませんか?」