第59章 気遣いと気遣い 前編
「いいえ。
槇寿郎様に申し上げているのです」
お礼を言う相手を間違えているのではと
槇寿郎がそうあげはに返して来て
「姉上?」
千寿郎が不思議そうな顔をして
そのやり取りを見守っていた
「槇寿郎様が、杏寿郎さんの
お父様で良かったと考えております。
その事への感謝にあります」
あげはのその言葉に
驚いたのは槇寿郎自身で
父親として 何もして来なかった自分に
あげはは感謝の言葉を述べて来て
あげはが視線を今度は
千寿郎の方へと向けて来ると
「勿論に、杏寿郎さんだけでなく
千寿郎君のお父様であって下さった事にも」
「俺は何もしておらん」
「しておられますよ。槇寿郎様は」
「あげは?」
「姉上?」
あげはの言葉に
杏寿郎と千寿郎が
同じ様な顔をしていて
ふふふとあげはが笑うと
「確かにあの時の、槇寿郎様は
何もしておられませんでしたが。
今の、槇寿郎様は、立派に
お父上をなさっておられましょう?
これを、感謝せずに、喜ばずに
居られますでしょうか?槇寿郎様」
「感謝される事でも、まして
お前に喜ばれる事でもない…」
そうあげはの言葉を
真っ向から否定する様な言葉を
槇寿郎が並べたのを聞いて
「父上っ。何てことを仰られるのですか。
姉上は、父上の事をお考えになられて…ッ
ここまでに、そのお心を
砕いて下さっておられるのに」
「千寿郎、お前も最後まで話を聞け。
そんな所は、杏寿郎に似なくていい。
人の子の親として、
当然の事をしてるまでだからな。
それは、
感謝される事でも喜ばれる事でもない。
だから、お前にさっきした事もわざわざ
礼を言われるまでもないと。言っている」
グイッと急に杏寿郎が
あげはの肩を抱いて来たと思うと
自分の方に強い力で引き寄せて来て
「父上っ!あまりあげはを、
泣かせて貰っては困ります」
「杏寿郎、俺はまだ何も…言っとらん」