第59章 気遣いと気遣い 前編
「なら、炎屋敷に帰ってからだな?」
そう確認する様に 問うと
あげはが恥ずかしそうにしながらも
首を縦に振るので
先程の蕎麦屋での事を思い出して
自重せねばと思って居るのならば
可愛らしい事 この上ないから
ついついに こちらも
足りなかったのもあるが
実家である事を忘れて
あげはに
夢中になってしまいそうではあるな
抑えられない程に大きな声で
彼女を鳴かせてしまいかねんからな
「なら、今夜の所は…うっかり
そうしてしまわない様に…気を付けねばな」
ゾクッと杏寿郎の言葉に
自分の背筋が震えるのを感じて
確かに あの蕎麦屋での 2回では
自分の気持ちにも 身体にも
どうにも収まりは付きそうに無かったが…ッ
うっかりそうしてしまいそうだと
含みを持たせた 宣言にも似た事を
杏寿郎から言われてしまって
不安に感じつつも そこはかとない期待が
自分の奥で ちくっと小さく疼く
「…う、そ…っ」
「ん?どうした、
俺が嘘つきだとでも言いたいのか?
流石の俺も、ここが
自分の家だと言う事ぐらいは
分かってるつもりだがな?」
夕食の準備が整ったと望月が
離れに声を掛けに来て
「夕飯だそうだ、名残惜しいが
続きは夜にだな」
そう言って杏寿郎に引き起こされて
立ち上がらせられると
「君は、乱れた着物を直してから来るといい」
折角 美顔術を施術して貰って
着直した着物を思い切り乱したのは
目の前で こちらを見て笑っている
悪びれた様子もない この人でしかないのに
むっとあげはが顔を顰めていて
「どうかしたのか?あげは」
「杏寿郎には、いつもいつも、
いい様にされてしまってばかりにあります」
「そうか?そうでもないだろう?」
返って来たのは意外な返事で
さっきも あんな蜂蜜みたいな
甘くて蕩ける口付けをして
こっちを蕩けさせて置いてと
言い出したくなるのを抑えて
その言葉の続きを待つ