第59章 気遣いと気遣い 前編
杏寿郎に呼ばれて
そのまま話し込んでしまって
中庭に千寿郎を待たせていたことを
あげはが思い出して
慌てて中庭へと戻って行った
その途中で向き直って
ああそうだと自分の手を叩くと
「でしたら、杏寿郎さん。
お夕飯がお済になられましたら、
今日も親子水入らずに、
お三人でご入浴されては如何ですか?
その間に、お酒、つけて置きますので」
「ああ。そうだな、そうしてくれ」
こんな風にゆっくりとした時間は
きっと 今しか過ごせない…よな
そんな事を あげはは
千寿郎の顔を見ながら考えていた
「あの……、僕の顔に何か…」
その あげはの視線を感じたのか
千寿郎が恥ずかしそうにしながら
あげはに尋ねて来て
「あ、ああ。ごめんね?千寿郎君
見すぎ…てたよね?ちょっとね、
考えてたんだ。あの戦いが終わったら
きっとこんな風に、ゆっくりとした
時間をね過ごす事なんてないんだろうなって」
次の満月の決戦まで
残す所は今日を除けば
後 4日… しかない
4日後には 彼と……
幻ではない 彼と…
会う…だけじゃなくて
私は彼を… この手で
彼の全てを終わらせる事になるんだ
「あの、姉上?どうかなさいましたか?」
「千寿郎君は、良かったの…かな?
あの、黒留袖を、私が受け取ってしまって」
「ええ。僕も、姉上がそうして下さって。
良かったと、思っておりますので。
父上も、姉上にお渡しする事が出来て、
喜んでると思います。
父上は、姉上が母上のお着物を
受け取って下さらないだろうと、
心配なされておられましたので」
あげはにあの瑠火の黒留袖の事を
訊かれてしまって
つい 自分が槇寿郎から
あげはに着物を受け取らせる手伝いを
申し出られた事を
直接的な言葉ではないと言えども
本人に漏らすような事をしてしまって
その表情からは
しまったと言いたげな慌てた様子が見られて
「ねえ。千寿郎君。
私にひとつ、君の力を貸してくれないかな?」