第58章 虎と虎
「杏寿郎っ!!」
反応が無いので
声を張り上げてみると
ピタッと杏寿郎が廊下の端で足を止めて
その横顔は思いつめている様にも見える
「…杏寿郎?」
改めて名前を呼び直しても
彼は前を見たままで 見据えたままで
こちらを向き直ろうともしない
ギリッとと掴まれている手首を
掴む腕の力が痛い程で
「あげは…、今も…君は
彼の事が…、好きか?
いや…違うな。愛している…か?
彼を、三上透真の事を」
杏寿郎自身も きっと
私の中にある 彼への
透真さんに対する感情を
少なくにも感じて居たはず…
あの時は 答えを 彼は求めなかった
その答えを 今
突如として求められてしまって
どう 返事を返したらいいのか分からない
彼が 杏寿郎が欲しがっているのは
私の 偽りのない 言葉でしかなくて
自分に対する遠慮や配慮も要らないと
彼の事だから 考えているのだろう
「どうして…、今、それをお求めに?」
「俺が…、それを受け入れる為に…だ。
あげは、俺は、君からの俺への愛情を
疑っている訳じゃない。だが…、
彼を君に忘れてしまって欲しくも無い。
……矛盾…している、…だろう?
俺だけを愛して欲しいと思いながらに、
君に彼の事も愛していて欲しいと…、
それを、君にあまつさえ望むなど…」
ガシッと杏寿郎に両肩を掴まれてしまって
その瞳にまっすぐに射貫く様に見つめられる
その 彼の瞳が 揺らいで見えるのは
私の視界が 涙で揺らいでいるからだ
「しかし…、…それでは。
それでは杏寿郎が…ッ。
お辛い…、ばかりにあるのでは…、
無いの…ですか?」
あげはの言葉に杏寿郎が
首を静かに左右に振る
「いや、あげは。それは違う。
一番辛いのは…。彼だ。
俺じゃない。
それに、君もだ。あげは」
「どうし…てっ、それを、
杏寿郎、…貴方が、
私に仰るのですか?
…どうして、貴方がそれを…」
どうして それを
彼は 言えてしまうのだろうか?
私に…
言ってしまうのだろうか?
杏寿郎 貴方と言う人は…