第58章 虎と虎
『槇寿郎さん。
あげはちゃんはまだ、
本当の自分の力に気付いてない。
彼女にはまだ、導く者が必要でしょ?
彼女は、あげはちゃんは
僕の自慢の一番弟子だ。
あげはちゃんの使う、鏡の呼吸…』
自分の手の平にある
一枚の桜の花びらに透真が視線を落とす
『あの呼吸には、無限の可能性がある。
普通の呼吸では成し得ない事が、
あの呼吸なら成し得る、その可能性が…』
『それが、理由か?透真。
それだけでもあるまい?』
『そっ…、それは…えと…ッ』
その槇寿郎の言葉に
透真がカァッと顔を赤く染めて
そのまま 俯いてしまった
『それだけじゃない、個人的な感情も
お前の中にあるんじゃないのか?
アイツが、鬼殺隊に入ってすぐの頃。
一緒に任務をした事があってな。
お前なら、知ってるんじゃないのか。
あげはの右膝にあるあの大傷が
その時の傷だが。お前は…アイツの
そっちの事情を知ってるのか?』
あの時 あの何も知らない
あどけない 年幅の行かぬ少女が見せた
あの 今にも泣きだしそうな
笑顔が 槇寿郎の脳裏に浮かんで来て
それから 目の前の
透真の顔を見て 驚いた
いつもの穏やかな表情ではない
かと言って 任務中の表情とも違う
思いつめた様な 顔をした透真を
槇寿郎は初めて見たからだ
『知っていますよ。僕は。
あの日のあの夜に、彼女に
何があったのか…、どこの誰が
彼女をそうしたのかも…全て…ね?
だから、僕の所為でもある…』
『それは、あげはは…
アイツは知ってる事なのか?』
なぁ 透真
それは 償いじゃないのか
そう 問いかけようとして
槇寿郎はその言葉を飲み込んだ
だが 槇寿郎が問いかけずに
留め置いた その問いの答えを
その彼の口から 聞く事になって
ふるふると透真が首を左右に振って来て
それを あげはは知らないのだと知った