第58章 虎と虎
どうにも そんな気がして来なくて
中庭から木刀で打ち合う音が聞こえて来て
その音であげはがハッと我に返ると
「ああっ、稽古ッ!
稽古をするのに、着替えに来たのを
忘れてしまいそうにありました。
それも、これも、
皆、杏寿郎の所為にありますね。
すっかり、考え事に耽って
しまっておりました、反省せねば…」
あげはが離れを後にして
急ぎ足で中庭に向かうと
稽古をしようと言っていた
千寿郎の姿を探した
中庭で槇寿郎と杏寿郎が
お互いの木刀をぶつけ合うのが見えて
その様子に視線が釘付けだったので
待たせてしまったかと
心配をしていたが 安心した
意識を集中して耳を傾けるまでもない
「槇寿郎様の呼吸も大分に
整って来ておいでにあられますね。
あの時の様に、型を数回で
息切れの心配も無さそうで、
私も、安心致しました。
稽古も再開なされて、体力も徐々に
戻って来られている様にあられます」
千寿郎は驚いてしまった
まるでそれを見て来た様に
あげはが言ったからだ
あの後から父上は
毎日の鍛錬を欠かさなくなった
自分にも毎日朝と夕方に
こうして稽古を付けてくれる様になった
「姉上には、
何でもお見通しにあるのですか?」
「腐っても、私も剣士ですので。
剣を見れば分かる事も多くにありますよ?」
杏寿郎と対峙していた槇寿郎は
驚きを隠せないでいた
「杏寿郎、お前…、
この短時間に何をして来た?」
前にここに来てから
そんなに日は経ってないハズだ
それなのに…だ
杏寿郎の身体を包む炎の勢いが
明らかにあの時と違う
まるで別人と言う言葉が
今の目の前に居る
杏寿郎には相応しい
「簡単な事にあります、父上。
それは俺が、彼女に
呼吸の教えを乞うただけの事」
そうこちらに毅然とした態度で
答えるその姿さえも
前日に見た杏寿郎とも
その前に見た杏寿郎とも
違って見える