第58章 虎と虎
小間物屋の前を後にして
杏寿郎に手を引かれながら歩く
「ああ。君の意見も聞かずに通り過ぎて
しまったが。興味があったか?」
「ああ、あそこのガラスの簪ですか?」
「君に贈るには、普段使い過ぎるし。
君にはそれがあるからと簪を
贈るのは、少し抵抗があるんだが…」
「ええ。そうですね。
私にはこれがありますから」
そっとあげはが自分の髪の
蝶の髪飾りに触れると
杏寿郎にそう返事を返しはしたが
内心 気持ちが落ち着かないでいて
ドキドキと胸が 先程の
杏寿郎の言葉を聞いてから
自分の心臓がどうにも騒がしい
今更 なのだ
彼からの求婚は受けているし
それに 指輪だって受け取っている
それに 明日は結納もするのだ
求婚だって あの時以外にもされていて
殊更に 今更なのだ
彼が私に 櫛を贈るのを
募りにしていると言われてしまって
私は 何度
彼に求婚されるのだろうかと
そんな風に感じてしまって
そう 思うと
どうにも 落ち着かない気分になっていて
「あ、あの…、杏寿郎、その
先程のお店で仰られていたお話なのですが」
さっきのあの小間物屋で
杏寿郎がしていた
櫛の話が気になってしまって
「気になって…、しまう様な
言い方をしてしまったな。
何時贈ろうか…、実の所
ずっと悩んでいたんだがな」
杏寿郎の この性格なのだ
用意した櫛を 彼なら
すぐにでも贈りたいはずだ
そんな 性分をしている彼が
贈る 時期を悩むほどの櫛なのなら
きっと その櫛は
ただの櫛ではないはずだ
彼が 私に贈り物をするのに
時期なんて 選んでない いつも
レースのハンカチも
小町紅も
そして 今 着ている この着物も
贈る事に躊躇なんて
全くに しない 彼なのだから