第57章 焦れる焦燥 ※Rー18
自分の背中に爪痕を残されたいと
杏寿郎に言われて
ざわざわと自分の胸が騒がしくなる
「しっ、しかし…そんなっ。
わざとそうする物でも、
ありませんでしょう?」
「縋り付いてはくれるだろう?その時に、
背中に爪を立ててくれるだけでいいが?」
背中の傷
うしろきず…
逃げ傷は剣士の恥なのだから
剣士は 背中に傷を負うのは極端に嫌う物だ
「どうした?そんな顔をして。あげは。
君が俺の背中に引っ掻き傷を残しても、
それは、逃げ傷でもなんでもないだろう?」
あげはが慌てて身体を起こすと
杏寿郎の身体をその場にうつ伏せにさせる
「今日はえらく、積極的なんだな」
「違います、そうではありませんからっ」
「俺の背中が気になるか?」
元々に 彼の
杏寿郎の背中は 傷の一つもない身体で
その背中にある唯一の傷は
後ろ傷ではなくて
逃げ傷でもないのは
その場に 私も居たのだから知ってる
あの上弦の鬼が 彼の身体を貫いて
腕が抜けた先の穴の跡だ
そっとその杏寿郎の背中にある
あの時の傷跡に あげはが触れると
その周囲の肉を集める様に指で寄せる
「あげは。そうせずとも、
その傷はもう治ってる傷だぞ?」
「それは、私が抜糸したのですから
知っております。杏寿郎。
正直、自分でも、
あの時、貴方を助けたのは
何故か分かりませんでした。
あの時の私の感情は
あまりも不確かにありましたので」
「今は、確かなんだろう?」
杏寿郎がそう問い返して来て
その杏寿郎の問いに頷いた
自分の命を掛けてでも
彼の命を失わせたくなかった
「あげは。元々に、
俺のこの命は、君が繋ぎ止めた命だ…。
あの時、あの場に君が居なければ。
俺はあそこで死ぬ運命だったのだからな。
あの日俺が死んで居たとするのならば、
あの日を境にしたそれ以降の…、
俺の全ては君の物だろうからな。
あげは。俺の…全てを貰ってくれ。
端から、君の物だからな、俺は」