第56章 蝶と蜘蛛と
一体…
彼はどれほどに 悩んだのだろうか?
一番守りたい存在の
一番の脅威に自分がなるのだと言う
現実に
どれほどまでに彼は 苦しんだのだろうか…
側に在る事すらも 許されないのだから
ギュウウウッと強く
突然に抱きしめられてしまって
身じろぐのも叶わないし
息が…詰まりそうだ
「あの、…杏寿郎?」
君は それに…彼の苦しみに
気が付いて居るのか?あげは
知らぬのなら
知らぬままに…居て欲しい
それは俺の 我が儘なのか?
それは 彼の願いでもあるのか?
「杏寿郎?如何なさいましたか?」
「何でもない…、あげは。
何でも…、無いんだ…」
「その顔もお声も、何でもない
様には、私には思えませんよ?杏寿郎」
「あげは。彼を…救おう。絶対にだ」
「はい、杏寿郎」
スルッと身体を抱きしめていた
杏寿郎の腕の力が抜けて
解放されると
だが… 気が付いてしまった
三上透真は あげはにまだ別の
暗示を掛けているのだと
きっと彼女は何度もそれに気が付いてる
俺が 気が付いたんだ
彼女がそれに気が付かない訳がない
あげはがそれに気付く度に
彼の暗示がそれを忘れさせているのだろう
だから 今も気付かないままで居る
気付かない様に させられているんだ
それを知らぬままに
それで あげはが自分を責めぬように
自分が側にいる事が出来ずとも
彼は 彼女を守り続けていたんだな
ずっと 今までも
これからも それは残るのだな…ずっと
彼と言う存在が
例え この世界から居なくなっても
彼はずっと
彼女を守るのだから
彼女がこの世界にあり続ける限り
ずっと… 守って行くんだな 彼は
「俺は…、彼の様には成れない」
そう 杏寿郎が呟く様に言った