第55章 再びましての煉獄家
「だがこれが、俺の手元に無くとも、
あの日の瑠火の姿は…
俺の記憶の中にあるからな。
あげは、受け取ってはくれまいか?」
「槇寿郎…様…ッ」
その黒留袖を映していた
自分の視界が涙で滲んで来る
クシャと大きな手が
自分の頭に添えられていて
そのまま頭を槇寿郎の手に撫でられる
「相変わらず、お前は…。
泣き虫のまんまだな、チビ助」
「ちっちゃくないです…、
もう大きいですからっ」
10年前の呼び方で槇寿郎に呼ばれて
あげはが不満を露わにしていて
「父上、その…黒留袖はもしや…。
父上と母上が祝言をした時に…、
母上がお召しになっていた引き振袖を
仕立て直した物なのですか?」
「俺らの頃は、
家で祝言を挙げるのが多かったし。
引き振袖を婚礼衣装にして、
黒留袖に祝言の後、
仕立て直すのが定番だったからな。
ん?あげは。
お前は引き振袖は着ないのか?」
「引き振袖は着ます。ですが…、
あの振袖の袖は切れない物なので」
そう言うとあげはが
組んでいた自分の手をギュッと握った
「しかし、姉上。袖を切らないのであれば、
着れなくなってしまうのではありませんか?」
そう思ったままの疑問を
千寿郎があげはにしてきて
「その引き振袖はね、
私の大切な親友の着物なの。
だから、私が着たら、その人が
大切にしていた妹にね。
その振袖を渡そうと思ってるから。
杏寿郎さんが、ああ言ってくれなかったら。
私は、一生、あの振袖に
袖を通す事も無かったと思ってるから」
「だったら、尚更。
お前に着て欲しいと思うがな。
瑠火の黒留袖を
お前が、着てやってくれまいか?
大切だからこそ、
このままにして置きたくないと
お前だってそう思うだろう?違うか?」
「その、いいので…ありますか?」
「ああ。構わん。
千寿郎の嫁になる娘にと瑠火からは
色留袖を預かっているからな。
千寿郎の嫁には、
千寿郎が引き振袖を着せるだろからと」