第54章 忘却の果ての追憶
「なら、作法があるのではないのか?
仏教でも、宗派が違えば数珠の形や
持ち方が違うだろう?
それと同じ事じゃないのか?」
杏寿郎があげはに祈りの捧げ方について
そう質問をして来て
「えっと…、別に口に出す必要もないのは
ないにありますが…」
そうあげはが前置きをして コホンとひとつ
咳払いをすると
「父と子と聖霊のみ名によって。アーメン」
祈りの言葉を唱えながら
自分の身体の前で十字を切って
手を組んで合わせると祈りを捧げた
あげはが閉じていた瞼を開いて
杏寿郎の方へ向き直る
「キリスト教でも宗派がありますから、
カトリックとプロテスタントでも
祈りの捧げ方には、違いがございますが」
「君の父が西洋文化を好んでいたと言うのも、
キリスト教徒だったからなのも
あるのかも知れんな。郷に入っては
郷に従えと言うからな、では俺も」
そう言って 杏寿郎が
自分の右手の二本の指を立てると
「父と子と聖霊のみ名によって。アーメン」
その祈りの文言と共に
自分の身体の前で十字を切った
そのまま
あげはの父親の墓前で祈りを捧げて
目を開くと
こちらを見ているあげはと目が合って
「どうかしたか?あげは」
「いえ、杏寿郎はその髪色の所為か…、
キリスト教のお祈りも…、とても
違和感がありませんでして、驚いて居ました」
「ちゃんと、出来ていただろうか?
見よう見真似だったからな」
「ちゃんと、
できておられましたよ。杏寿郎。
生前に父が良く、漏らしていた
言葉がございました。
自分の治療が空しく、
お亡くなりになられた方が居た時や。
死の運命が差し迫っている方に、
言っていた事がございまして」
そう言って自分の父親の思い出を
思い返している様だった