第54章 忘却の果ての追憶
『本当に、可愛いね…君は。
素直で、純粋で、何も知らない。
だからだよ?あげは。
だから、簡単に騙されるんだ。
そう…、こんな風に…ね?』
トサッと持っていたカゴが
地面に落ちて その中に入っていた
お菓子が地面に散らばる
その 凍てつく様な瞳に
上から見下ろされる
あの夜のあの時に 私は
自分が 何をされて居るのか
これが何なのか
その時の私には 分からなかった
『やっ、離して…、触ら…ないでッ』
『あげは…。可愛いね…君は。
これが何かも、知らない…んだから』
これが 何か 知らない
知らないし
分からないけど 兎に角
堪らなく 怖くて 気持ち悪くて
『可愛すぎて、…食べちゃいたいくらいだ』
『やめて…っ』
止めて欲しいと何度も言ったのに
それを 聞き入れては貰えなくて
スルッと その手が 私の首に掛かって
ギリッ…と その彼の手が 私の首を絞める
『君は…、俺の物でしょう?
分かる?あげは、今…君の命は…。
俺の手の中にあるんだから…ね?
迎えに来るよ、近い内に。
邪魔なアイツ等を…俺が消した時…にね?』
ギリッと 首を締め上げる手に力が入って
自分の唇が 冷えて ピリピリと痺れる
『だから、今は…これで見逃してあげるよ』
そう言って 彼の唇が
私の唇に そっと重なった
冷えた 乾いた唇の感触
首をギリギリと締め上げるその手とは
裏腹に
恐ろしい程に その口付けは
ただただに 優しいのだ…
酷い事をされているのを
忘れてしまいそうな程に
ひたすらに 優しいのだ
あまりにも 優しすぎて 恐ろしい程に
それから先の記憶は…無かった
今の私には その時の自分が
何をされようとしていたのかは分かる
私はあの時 あっちの彼に無理やり…
そうされそうになって
そして 見逃されていたんだ 一度