第54章 忘却の果ての追憶
「杏寿郎の…、
大切なその記憶の欠片を…
私も記憶して置きたい…のです。
ああ、その、勿論に…、杏寿郎が
私にそれを
お許し下さるのであれば…にありますが」
薄れていく 俺の中にある
母上との記憶と約束の数々も
少しずつ……
少しずつに 忘却に 蝕まれて行く
彼女はそれも
自分の記憶の中に留めて置きたいと
慈しみたいとそう 言ってくれるのか
俺の記憶の中に居る……母上を
「その……、君にとってはあまり
いい気分にはならない話かも知れないが?」
彼女は孤児だったのだ
俺の幼少期の話など彼女からすれば
只の恵まれた 子供の
思い出話にしか過ぎないだろうに
「杏寿郎が…大切に思う物を、
同じ様に私も、大切にしたくあるのです。
気分を…害するなど…そんな」
「あげは…、だが…」
「確かに、
杏寿郎のご心配にあります様な。
母親と言う物に対する、引け目の様な
感情が私の中にないと言えば…。
それは嘘になってしまいます。
私は杏寿郎が思う程に
清廉でもありません…ので」
よしよしと杏寿郎の手が
あげはの頭を撫でて来て
「君の方から、
その話を聞きたいと言い出す時点で。
俺は、君が清廉な女性であると感じずには
居られないがな?君のその言葉のどこに
私欲があると言うのだ?あげは。
君自身は、そうではないと
言いたいのだろうが…な」
そのまま 彼の手が
自分の頭を撫でる
その心地のいい刺激に
自分の身を委ねる
ずっと 不安だった
私は 母親 と言う物を知らない
あくまで想像でしか
その姿を思い描く事は出来なくて
自分が理想的な母親と言うものに
成れるのだろうかと言う不安があった
「話すのは別に構わないんだがな…。
俺がそれを話したら、君はそうあらねばと
そう思って気に負ってしまわないかと、
俺としては少々不安なんだがな?」
そう 少し眉を下げながら杏寿郎が
不安そうにしながら問い返して来て