第53章 期待の募る夜には… R-15
真後ろから突然声がして
「きゃあっ」
必要以上に大きな声を上げてしまって
あげはが持っていた
空のコップを手から離してしまった
「っと、危ないぞ?あげは」
それを杏寿郎が受け止めてくれて
私の手に戻してくれる
「すまない、驚かせてしまったか?
そんなに驚かれるとは
俺も、思ってなかったからな」
「すっ、すいません。杏寿郎。
私の方こそ、ちょっと、
気を抜きすぎておりました…。
ありがとうございます。お水ですね」
自分が使っていたコップを置いて
お盆の上に伏せていた方に
水を注ごうとしたのを
杏寿郎があげはの手に
自分の手を重ねて来て
それを止められてしまって
「あげは。わざわざ、
新しいコップを使わずともいいだろう?」
「え?でも…」
「それでいい」
「あ、っと…わかりました」
私が使っていた方でいいと
杏寿郎に言われてしまって
あげはが自分が先程水を飲んでいた
コップに水を注ぐと杏寿郎に手渡した
「どうぞ」
「ああ、すまないな。
ありがとう。あげは」
コップの中の水をゴクゴクと
喉を鳴らして杏寿郎が飲み干して行く
口の端から零れた
水滴が一滴
その顎を伝い落ちるの様から
滲み出る様な色気を感じてしまって
ぼんやりと水を飲む
彼の姿を眺めてしまっていた
水を飲み終えた杏寿郎と
目が合ってしまった
「どうした?君ももっと
飲みたかったのか?水」
「いえ、お水は
結構にありますよ、杏寿郎。
私からも、貴方の髪に
香油を付けさせて貰っても?」
「ああ。勿論だ。
あげは。お願いしよう」
杏寿郎から贈って貰ったあんず油を
あげはが自分の手の平に薄く伸ばすと
杏寿郎の濡れた髪の毛に塗り広げて行く
甘いあんずの香りが
杏寿郎の髪から漂って来て
「いい香りがしますね。あんずの」
「君の髪からも、俺と同じ香りがするがな」
杏寿郎の身体にもたれ掛って
あげはが杏寿郎の髪に
自分の鼻を寄せると
その香りを確かめて
「お揃いにありますね、杏寿郎」
「ああ、そうだな。お揃いだ」