第49章 日と炎と
『苦しみも苦労も…、分かち合えるなら
それは苦しみでも苦労でもありませんから。
私は身体は弱いかも知れませんが、
そこまでここは弱くもありませんよ?』
櫛の意味に準える様にして
槇寿郎の言葉に瑠火が返して来て
トントンと自分の胸を
指先で叩いて見せて来て
穏やかな笑みを浮かべてくれたのを憶えて居る
結婚生活は幸せも多い苦労も多い
共に死ぬまで寄添いながら生きていこう
その櫛に込められた その意味を…
その約束を果たせない事を
今わの際に 俺に謝っていたと
最愛の妻の死に 間に合わなかった俺は
瑠火の葬儀の後に聞かされた……
俺は最期を見送ってやる事も出来ずに
その上に その苦しみの縁に居る 彼女に
気まで 遣わせて…
せめて その最期の言葉が…
俺を責める言葉であったのなら
どんなに
どんなに… 良かっただろうか…
ーーーーー
「今思えども…、
俺には出来すぎた妻だったな。君は。
どうにも、後にも先にも、
俺には瑠火…、君しか無い様だ…」
槇寿郎が自分の手の中にある
その櫛をしげしげと眺めて
ふっと自嘲的に笑うと
櫛を桐の箱に納めた
「杏寿郎があの櫛を、
あげはに渡したら
どんな反応を見せるのか…、
君も気になるんじゃないのか?瑠火。
俺は正直、驚いたんだ…。
俺が君にあの櫛を渡した時に
君は笑ったろう?それなのに、何故に…
杏寿郎と千寿郎に
櫛を用意したんだって…な。
知っていたんだろう…?
あの時から自分が長くないと言う事を…
だからだったんだな」
自分には 生きてそれを叶えられないが
杏寿郎と
千寿郎の
自分の息子達の妻となる者には
そうであって欲しいと…
その命が尽きる その時まで
末永く 寄り添って欲しいと言う
そうあって 欲しいと願う
君の…願い…の形 だったのだから
「瑠火…。
見守ってやってくれ、あの2人を…。
俺が言うのも何だが…、すこぶる
相手が悪いんだ、皮肉だろう?」