第49章 日と炎と
生前に瑠火から預かっていた
あの櫛の事を思い出していて
あることを思い出した
カタンと途中で槇寿郎が筆を置いて
立ち上がるとタンスの引き出しから
小さな桐で出来た箱を取り出した
槇寿郎がその桐の箱を開けると
その中には 古ぼけた櫛が1つ入っていた
自分が 瑠火に求婚した折に渡した物だ
瑠火が亡くなった後に
数年経っても
遺品の整理も出来てなかったが
あの後…少し片づけようとした時に
鏡台の引き出しの中から出て来た物だ
桐の箱の中の その櫛を槇寿郎が手に取った
これを瑠火に贈った時
声を出して笑う事のあまりない瑠火が
声を出して笑ったので驚いたのを憶えて居る
スッとその櫛を自分の胸に抱いて
槇寿郎が瞼を閉じて
この櫛を瑠火に贈った時の事を思い出す
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「瑠火さん。その今日は、
君にこれを贈りたいのだが、
どうだろうか?
…その、受け取って貰えないか?」
袖から桐の箱を
槇寿郎が取り出して
瑠火の方へと差し出した
『まぁ、これは。何かと思いましたら。
つげの櫛に…ありますか…。
ふふふふっ、今は…、江戸ではなく
明治にありますよ?槇寿郎様…』
「笑うほど…おかしかっただろうか?
何かその、櫛ではなく、別の物の方が…」
良かっただろうかと俺が問うと
俺の手に持っていたその櫛の上に
瑠火が自分の手を重ねて来て
いいえ と首を横に振った
俺の手から櫛を
自分の手に取って
そのまま 大事そうに
それを自分の胸の上に置いて
抱きしめる様にして両手を重ねた
『誰も頂かないとは、言っておりません。
槇寿郎様が私の為に
ご用意して下さったのでしょう?
でしたら、私が
頂戴するのは当然ではありませんか』
「俺の妻になれば、瑠火さんには、
何かと苦労を掛ける事が多いだろう」