第49章 日と炎と
そう言って慌てた様子で
千寿郎がバタバタと部屋から出て行って
余程慌てていたのか
最後までしっかりと
締めきれていないままの
襖の僅かな隙間を見て
ふっと槇寿郎が顔を綻ばせた
「瑠火。千寿郎は大きくなったが、
まだまだ杏寿郎離れが出来てない様だ…」
槇寿郎が文机に向かうと
広げたままの
撫子色の和紙に視線を落とした
ずっとこうして
この紙を広げているものの
書き出しからして…迷ってしまって居て
だが 以前の俺なら
こんな事を思いつきもしないだろうな
「それもこれも、あげはの影響…か」
誰が 予想して居ただろうか…
俺自身も予想してなかったと言うのに
君に手紙を書こうと…思う…なんてな
「瑠火…」
瞼を閉じれば
その凛とした顔を思い出す
あまり 感情を表に出す
女ではなかったが
時折見せる 少しばかり気の抜けた
あの笑顔が… 堪らなく 俺は
好きだった…んだ
まだ 一文字も綴られて居ない紙に
槇寿郎が筆を乗せると
文字をその撫子色の和紙にしたため始めた
ー 瑠火へ ー
こうして 君に手紙を書くのは…
いつぶりになるだろうか…
「千寿郎の兄離れには
まだ時間が掛かりそうだな…と。
そう思わずには、
俺も居られないでは居るのだが…。
大きな大人が恥ずかしい話なんだが。
俺は、未だに…君から離れられぬままだ…」
槇寿郎が口を動かしながら
同じ内容を紙に文字として綴っていく
瑠火がこれを知れば
呆れられるだろうか?
「杏寿郎にはちゃんと、君から
託されたアレは渡して置いたぞ?瑠火。
何、心配はいらんさ…。それとなく
あげはには渡したのかと
俺から聞いて置こう。
杏寿郎もしっかりしてそうに見えるが、
真っすぐであり過ぎる故に、
肝心な事を忘れてしまいがちだからな…」