第5章 4. 監督生の溜息
思わずシェラの肩が震えた。
もしシェラの身体が全快な状態であれば、致し方なく魔法を使われる前に力ずくで追い返していた。
それが出来るだけの格闘術の心得がシェラにはある。
しかし、今のシェラにそんな力は残っていない。
万事休すの状況に、シェラは憎々しげにスカラビア寮生を睨むことしか出来ない。
この絶望的な状況を切り抜ける方法を考えていると、コツコツと乾いた足音がこちらへ近づいてきていることにシェラは気づいた。
振り向くと、紳士の皮を被った守銭奴が冷淡な顔で立っていた。
「君たち、こんな深夜になんの騒ぎです?」
騒ぎを聞きつけたアズールが、眉間に皺を寄せて苦言を呈す。
「お前はオクタヴィネル寮長、アズール・アーシェングロット……!」
「……これは一体、どういう状況なんですか?」
1年の立場でアズールのことを平気で呼び捨てで呼ぶなんて勇気がある。
あくまで紳士的な態度を崩さないアズールは、冷ややかな目で追っ手のスカラビア寮生を、そしてシェラ達を見る。
ふたりを引き渡せと凄むスカラビア寮生に対しては何も返さず、アズールの視線はそのままシェラとグリムに注がれた。
「よく見れば床に転がって震えているのは、シェラさんとグリムさんではありませんか」
アズールは形だけ哀れむような視線を投げかけると、口元に厭な笑みを浮かべながら鼻を鳴らす。
「あまりに小汚いので、雑巾かと思いましたよ」
(今度は雑巾か……)
今日はドブネズミだの雑巾だの、よく罵られる。
アズールの嫌味に、シェラは誰の手も借りずによろめきながら自力で立ち上がる。
引き渡し要求に是も否も言わないのは、どちらに味方をするのが得かを伺ってのことだろう。
アズールらしい、商人らしい打算的な判断だ。
ここで引き渡されるとまたあの牢獄へ逆戻り。そんなのは絶対にごめんだ。
息を吸って、吐く。
シェラは腹を括ると、アズールへ頭を下げた。
「慈悲の心でお助け下さい」
アズールに借りを作ると後でどんな対価を要求されるか分かったものではないが、背に腹はかえられない。
でも、出来れば対価はモストロ・ラウンジの手伝いくらいに留めて欲しい。
「……ふむ」
ここでもアズールは明確な返事をしない。