第13章 9. 夜半の求愛 ※
「言ったじゃないですか、〝夜は長いのでゆっくりお話しましょう〟って」
穏やかな声で語りかけながら、シェラは両手でフロイドの頬を包み込む。
手のひらから伝わるフロイドの体温は、人魚特有のもの。
少し冷たいフロイドの肌を体温で温めるように、シェラは広い背中に腕をまわして抱きしめた。
「それに、私も……あなたにもっと抱かれたい。何があってもあなたのことを……フロイドさんを忘れられないくらい……」
顔を上げたフロイドのオッドアイがすっと細められる。
「ほんとさぁ……、そんなこと言ったらオレ我慢しないよ?いいの?」
まっすぐにシェラを見つめてフロイドは訊いた。
「したいことを我慢できる性格ではないでしょう、あなたは」
「さすが、よくわかってんじゃん」
にっこりと笑ったフロイドの唇がシェラの唇に押し当てられる。
形を変えながら溶け合い、こじ開けられたところへフロイドの舌が入ってきて、シェラの舌を絡めとった。
口腔内がフロイドの舌でいっぱいになる。
口の中だけでなく、頭も、心も、フロイドのことしか考えられない。
「ん……っ」
離れた唇はシェラの喉に吸い付き、赤い跡を残した。
それでも足りないと言わんばかりに首筋にも印を残すと、それを覆うように歯を立て咬み跡をつける。
たとえ、互いのことを忘れてしまうような出来事があっても、唇を、肌を、重ねれば蘇るように。
記憶に、身体に、深く深く刻み込んで欲しい。
しん、とした部屋に響くのは、ふたりの息遣いと嬌声、生々しい衣擦れ音とベッドが軋む音。
外では時折鴉がガアガアと鳴いている。
いつか喩えられた、深海よりも深い愛。
刹那の恋に身を焦がす悪党になる運命を選んだふたりは、愛という底の見えない海に自ら身を投げた。
だが、そこでふたり揃って入水自殺するつもりは毛頭ない。なにせ、シェラは自分の運命に喧嘩を売ったのだから。
窓から差す青白い月明かりは、まるでそんなフロイドとシェラを祝福するかのように、深海のように暗い部屋で愛を交わすふたりを優しく照らし続けた。
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