第5章 4. 監督生の溜息
ふたりに向けられる怒声。早速見つかってしまった。幸先が悪すぎる。
「ふぎゃっ、見つかっちまった」
驚いたグリムは大きく肩を上下させた。
幸いなことに声はまだ少し遠い。
この状況での鬼ごっこは勝算が低い。魔法を持っている彼らの方が圧倒的に有利だ。
地響きのような自分の腹の音と、こちらへ迫ってくる足音に慌てふためいているグリムを、シェラは咄嗟に抱き上げ走り出した。
逃げるのが一瞬でも遅れ、追っ手を撒くのに失敗すれば間違いなく捕えられる。
そうなればまたあの牢獄へ逆戻りだ。
しかも今度は脱走など出来ないように厳重に監視されるだろう。
(そんなの、絶対にいやだ……っ!)
けたたましい警報音が廊下中に鳴り響く。
バルガスの警笛を思い起こさせるような音に、シェラは走りながら不快に顔を歪める。
「捕まったらまたあの牢獄生活へ逆戻りなんだゾ。逃げろっ!」
シェラに抱えられなくとも、四足歩行のグリムの方が速く走れる。
シェラはグリムを降ろすと、捕まりたくない一心で特訓でくたくたになった身体に鞭を打ち、全速力でグリムと駆ける。
火事場の馬鹿力とはまさにこの事で、シェラもグリムも特訓で疲労困憊な状態とは考えられないような速さで逃げ、一旦は追っ手を振り切ることに成功した。
今は手近な部屋に身を潜め、追っ手が周りからいなくなるのを待っている。
部屋の外では、ふたりを探す寮生達の怒号が飛び交っていて、誰かが『出てこい、ドブネズミどもめ!』だとか叫んでいる。
(ドブネズミだなんて、ひどいな)
肩で息をしながら、シェラは無表情のまま苛立ちを募らせる。
グリムは灰色だし、シェラ自身も傷だらけで隈も酷く薄汚れている。分からなくはないが、もっとマシな言い方もあるだろうに。
扉越しでも、寮生達の殺気立った様子が窺える。
何がなんでも探し出して捕らえるつもりだろう。
ここにいたら見つかるのも時間の問題だ。
(最悪な状況だな……)
頭痛と睡魔で朦朧とする頭を必死に働かせて考える。
部屋から脱走したことが明るみになった今、鏡舎に繋がる鏡が封鎖されるのもすぐだろう。
どうにかしてこの状況を打破出来ないか考えていると、隣でグリムが何やら騒ぎ出した。
「グリム、見つかっちゃうから静かに……」