第5章 4. 監督生の溜息
夢を見ているようだった。
脳の1番奥深くで、金魚の尾びれのようにまだらに赤く染まる布の残像が揺らめく。
(まただ……)
フロイドの姿に〝別のフロイド〟が重なった時と同じ感覚。
これは、夢なのか。
それとも、誰かの記憶なのか。
もしかして、シェラ自身の記憶なのか。
シェラは目を伏せ、残像を追った。
宵闇に包まれる部屋は、しん、と静まり返っていて、何もかもが無に還ったような錯覚に陥る。
身体も意識も眠るように闇へ落ちてゆく。
揺蕩う金魚の尾びれと、深海へゆっくりと沈んでいくような感覚。
その後。その後は――……。
誰かが、『こっちへおいで』と、呼んでいたような気がする。
◇ ◇ ◇
「う、うう……、疲れた……。もう一歩も歩けねぇんだゾ……」
翌日、特訓はより一層過酷さが増していた。
シェラとグリムは、フラフラになりながら部屋に戻った。
ろくに寝ずに夜通し穴を掘っていたとて、朝は変わらずやってくる。
朝がやってくるというとは、容赦の無い特訓が始まることと同義。
今朝もオアシスまで10kmの行進から始まり、夜まで魔法の特訓を課せられた。
シェラは今日も、グリムと一緒に生身で防衛魔法の特訓に臨んだ。
疲労の蓄積がひどいのは寮生達も同じで、特訓後の治癒魔法も昨日に比べて明らかに精度が落ちていた。
それでも、治癒魔法をかけてくれるのは彼らの厚意だからなにも言わない。
しかし浅い傷さえ満足に塞がっていない全身傷だらけのシェラは、目の下にくっきりと浮かんだ隈と相まってより悲惨な状態になっていた。
このままだと寮生達が暴動を起こしてしまうし、シェラもグリムももう限界だ。
『こんな牢獄には1秒たりとていたくねぇ』と叫んだグリムに、シェラも頷く。
今夜こそ脱出をしないと明日立っていられる自信が無い。
今夜はグリムが床を掘り、シェラが外を見張っていた。
ただ座って扉に耳を押し付け廊下の音に耳を澄ませるシェラに、睡魔という名の甘い誘惑が降り注ぐ。
油断していると意識が飛びそうだ。現に上瞼と下瞼が離れたくなさそうにしている。
「シェラ、オイ、シェラ……!!」
必死に睡魔の誘惑を振り払っていたシェラへ、グリムが声をかけてきた。