第1章 0.タナトスの手
失礼します、と部屋を後にしようとするエースとデュースを他所に、私は学園長の元へ留まった。
「学園長」
「?シェラくん?まだ何か?」
私が残ったことに気づいたふたりは足を止め振り返った。
「学園長、鋏ありますか?」
「?ええ。何に使うんです?」
学園長は魔法で鋏を出すと、訝しげに差し出した。
私はそれを受け取ると、首の後ろで雑に紐で結んだ髪を解いた。
緩く波打つ癖のある長い髪が名残惜しげに広がる。
私はそれをひと束にして掴み、鋏の刃を当てた。
「シェラ!?」
「何するつもりだ……!?」
ぎょっとした様子でエースとデュースが私を見つめている。
驚きつつも止めようとしないのは、きっと私の決意を認めてくれたから、だと思っておこう。
「私なりのケジメです。まぁ、決意表明ってところですかね」
男子として生きていく訳では無いけれど、女子が男子校に籍を置くのならこの長い髪は必要無い。
女の子らしい見た目をしていたら、何かとトラブルに巻き込まれるリスクが上がりそうだし、なによりなめられる。
可愛らしい女の子に憧れて伸ばしていた長い髪。
さようなら、私の唯一の女の子らしさ。
ざくっ、と肩甲骨の下くらいまでの長さだった髪を肩の上あたりでひと思いに切り落とした。
後悔は無かった。
首の後ろが涼しい。なんだか心も軽くなったような気がする。
「グリム!これ燃やして!」
「!おう!」
呆気にとられていたグリムに呼びかけながら切り落とした髪を投げると、グリムは任せとけと言わんばかりにお得意の炎の魔法でそれを燃やしてくれた。
青い火の粉が学園長の部屋を舞う。
「シェラ!グリム!何やってんの!?」
同じく呆気にとられていたエースが我に返り、慌てて風の魔法で消火をした。
デュースの方は未だにぽかんとしたままだった。
「シェラくん!貴方という人は……!早速問題行動を……っ!……まぁ、これくらい破天荒で肝が据わっていないと、猛獣は扱えませんか……」
問題を起こすなと言ったばかりなのに、と叱ろうとした学園長だが、思い直した様にやれやれと溜息をついた。
この学園の長たるクロウリーの部屋で断髪式を行った挙句、切った髪を燃やして小火未遂を起こした。我ながら思い切った行動をしたと思う。
「晴れて〝新しい自分〟に生まれ変わった気分です」