第4章 3. ヴィランのルージュ
また、消えるなんて言う。
シェラは表情を変えず静かにフロイドの瞳を見据える。
頬を撫でるフロイドの手つきは、まるで、触れてもシェラが消えないことを確かめているようだった。
泡は、触れたら消えてしまう。
夢は、初めから触れることが出来ない。
シェラが存在していることを確かめるように、そして慈しむように、フロイドの大きな手はシェラの頬を包み込んだ。
フロイドの瞳は、今、目の前にいるシェラを見つめている。
シェラの瞳もまた、今、目の前にいるフロイドを見つめている。
お互いがお互いに別の姿を見ていた終業式の前とは違う。
フロイドもシェラも、はっきりと目の前にいる存在を見つめていた。
一体フロイドは何に怯えているのだろう。
今、目の前にはシェラが存在しているというのに。
シェラはフロイドの手に自分の手を重ねた。
筋張っていて大きくて、それでいて少し冷えた手をシェラの体温で温めるように、手のひらを重ね、上から指を絡める。
「そうですね。いつかは帰ります、きっと。だけど、私はまだここにいます」
抑揚の無い淡々とした調子で言うと、次の瞬間シェラは悪党っぽく不敵に口角を上げた。
深い赤紫のヴィランのルージュで染まる、妖艶な唇で深い三日月を描く。
「っ……!?」
一瞬怯んだようにフロイドの瞳が揺れる。
シェラは鼻先がぶつかりそうな距離までフロイドに顔を近づけ、今度は強く言い切った。
「あいにく、私はそんな触れたら弾けて消える泡みたいに儚いものではありません」
絡めた指先に少しだけ力を込める。
フロイドに言いながら、自分に言い聞かせる。
〝私は、泡のように消えたりなんてしない〟と。
「フロイド先輩、あなたが今触れてるものはなんです?私、でしょう?見くびらないでください。あなたの目には私がそんなに弱々しく見えますか?」
フロイドの目には、そんなに儚くか弱く見えたのか。
もしそうだとしたら、甚だ心外だ。
「なにをそんなに弱気になってるんです。あなたらしくもない」
そこまで言うと、ふん、と鼻で笑いながらフロイドを嘲る。
突然強気になったシェラに面食らっていたフロイドだったが、煽られたことによって徐々にその瞳に興奮にも似た危険な光を宿していった。