第4章 3. ヴィランのルージュ
「ねぇ、小エビちゃん」
ゆっくりと伸びてきたフロイドの手が、そっとシェラの髪を払いそのまま耳にかける。
呼吸ひとつ分の間の後、フロイドは独り言のように呟いた。少し、寂しげな表情を添えて。
「小エビちゃんは……いつか元の世界に帰るんだよね」
〝訊く〟のではなく〝確認〟するような言い方だった。
シェラは面を上げ、フロイドの顔をまっすぐ見つめる。
いつになく真剣なフロイドのまなざし。
シェラの身体を支えるフロイドの手に、心做しか力が入ったのを感じた。
「……そうですね。いつかは」
僅かな沈黙の後、シェラは口を開く。
「〝消える〟んじゃなくて〝帰る〟んだよね」
「どういう意味ですか」
不可解なことを言う。シェラは表情を変えずに訊き返した。
「……そのまんまの意味」
なぜ、こんなことを訊くのだろう。
「よくわかりませんが、突然ぱっと消えることはないと思いますよ」
フロイドの質問の意図はよく分からないが、シェラは落ち着いた口調で言う。
ぱちん、と弾けて消えるだなんて、まるで泡だ。
突然消えるだなんて、まるで夢だ。
泡は水に還るし、夢はいつか終わる。
自分も、そんなに儚い存在だとは思いたくない。
「フロイド先輩は、私が消えてしまうと思ってるんですか?」
「……」
無言は肯定と同じだ。少なくともシェラはそう思う。
〝消える〟という表現は、シェラの存在そのものが、魂が消滅してしまうようなニュアンスをはらんでいた。
元の世界には帰りたいが、この世界から消えるようにしていなくなるのは嫌だ。
「どうしてそんなに悲しそうな顔をするんです」
今、目の前にいるフロイドに対してシェラは静かに訊く。
長い睫毛に縁取られたシェラを見つめるフロイドの瞳は、小波が起こる水面のように揺れている。
シェラは、すっと目を細めた。どうしても、この顔を見ると胸が痛くなる。
「なんとなく、そんな感じがした」
一瞬目を伏せ、再びシェラを見つめたフロイドはゆっくりと語り出した。
シェラの顔のそばに添えられた指先がピーコックパールの髪に絡められる。
そしてそのまま、するりとシェラの頬に触れた。
「でもオレ、やだ。小エビちゃんが元の世界に帰るのは仕方ないからいーけど、消えちゃうのはやだ」