第4章 3. ヴィランのルージュ
いいよ、とも、やだ、とも言わずにフロイドは曖昧に濁しながら、上目でシェラを見つめる。
下から見上げるしかなかったフロイドの顔が、今はいつもよりも近く、なおかつ見下ろすような位置にある。
(相変わらず顔が良いことで)
そんなことを思いながら、体勢を直す為にフロイドの肩に掴まり直すと、シェラの指がフロイドの耳飾りに触れた。
「前から思ってたんですけど、綺麗なピアスですね。青水晶ですか?」
「あおすいしょう?違うよぉ。これね、チョウザメの鱗で出来てんだぁ」
「チョウザメ……?」
海の生き物を名前を言われてもいまいちピンとこないシェラは、丁度手元にある図鑑でチョウザメを探す。
左手はフロイドの左肩の方へ回し、右手で太腿の上に置いた図鑑の頁をペラペラと捲る。
その様子を見ていたフロイドは、ふいにこんなことを言った。
「小エビちゃんって目も髪もブラックパールみたいだね」
頁を捲る手を止めて、シェラは顔を上げた。
ゴールドとオリーブのオッドアイが、いつもよりも近いところでシェラのことをじっと見つめていた。
「ブラックパール……黒真珠?」
「へえ、小エビちゃんの故郷では〝くろしんじゅ〟って言うんだ」
シェラの髪も瞳も、ピーコックと呼ばれる黒真珠と同じ色をしていた。
少し色素の薄い奥行きと透明感のある黒で、グレーのような色の中にグリーンやカーネリアンを干渉色に持つ髪は、光の当たり具合でピーコックグリーンの艶が生まれる。
入学してすぐの頃、クルーウェルに珍しい毛色をしていると言われたことがある。
「きれーだね」
「……え」
今度は目を逸らさず、シェラの瞳をしっかり見つめてフロイドはそう言った。
じわじわと顔が熱くなっていくのが分かった。
メイクで作り上げた顔ではなく、素の自分を綺麗と言われたみたいで、嬉しさと気恥しさが半々で上手く言葉を返すことが出来なかった。
胸にぎゅっと締められるような苦しさを感じる。俯き気味でフロイドから目を逸らすと、きゅっと唇を引き結ぶ。
「あれ、小エビちゃん顔赤くなってる。照れてるの?かわいーね」
「もう、やめてください……」
逸らした目を追うように、フロイドが顔を近づけ下から覗き込んでくる。
そんなに顔を近づけるのはやめて欲しい。
今、すごく情けない顔をしている気がする。