第4章 3. ヴィランのルージュ
シェラも例に漏れず、突然のことに言葉が上手く出てこなかった。
「あ、えっと、ありがとうございます」
絞められると思っていたシェラは、状況がよく理解出来ないまま曖昧にお礼を口にする。
俯くフロイドはフードを深く被っていて、シェラから見ると表情が分からない。
ただ、顔を見せようとしないことを考えると、多少なりとも照れていることは想像に容易い。
(なんであなたが照れるんですか)
この状況だと照れるのは綺麗と褒められたシェラの方ではないのか。
しかしシェラ自身は、突拍子もなさ過ぎて照れよりも驚きが勝っている。
お互いの間に再び沈黙が訪れた。
残念ながらシェラにはこの気まずい状況をなんとかするような、気の利いたことは言えそうにない。
どうしようか、と考えた時に、シェラはあることを思い出した。
(そうだ、あれ……)
ポケットに手を突っ込み、〝それ〟があることを確認する。
指先に硬い感触を感じた。〝それ〟とは、今日フロイドに会ったら渡そうと思っていたもの。
この気まずい状況を切り替えるにはうってつけだ。
「それだけ。じゃあね」
シェラがそんなものを用意しているとは露にも思っていないフロイドは、言いたいことは言ったと、フードに手を添えて顔を隠すようにして踵を返した。
「待ってください」
シェラはフロイドのローブの袖口を掴んで引き止めた。
まさか引き止められるとは思っていなかったであろうフロイドは、驚いた様子で振り返る。
「わざわざそれを言うためだけに追いかけてきたんですか?」
「なに?悪い?」
図星のようで、フロイドの顔が不機嫌に歪む。
先程の余韻が残っているフロイドの頬はまだほんのりと赤い。
正直意外だった。
普段思っていることは何でもすぐに口に出すようなフロイドが、たった一言褒めるだけでこんなにも照れるだなんて。
表情筋の硬いシェラからしたら、喜怒哀楽の表情の変化が激しいフロイドは自分には無いものを持っていて、見ていて新鮮だった。
誰よりも子どもっぽく、誰よりも素直だ。
「いえ、ただ、驚いただけです。そんなに怒らないでください」
シェラはフロイドを宥めながら、ポケットの中に入っている〝それ〟の包装を器用に片手で破いた。
「フロイド先輩、口開けてください」