第4章 3. ヴィランのルージュ
終業式が最終日でないことに関して甚だ謎であったが、この順番でないと最終ホームルームを終えていち早くホリデー気分になり終業式をさぼる生徒が続出したらしい。なんともこの学校らしい理由だ。
みなが鏡舎へ向かう中、シェラだけは別方向に向かう。オンボロ寮は鏡の先には無い。
いつの間にかはぐれてしまったグリムを探しながら、シェラは寮へ帰ろうとひとり廊下を歩いていた。
式典服に合わせる靴は少しヒールに高さのあるデザインで、歩く度にコツコツと足音が響く。
だからすぐに分かった。
誰かがシェラの後を追って早足で迫ってきていることに。
用があるなら声をかければいいのに、それをしてこない。
何だか嫌な予感がして、シェラは振り返らずに歩く速度を速める。
気配を振り切ろうと、早足で角を曲がろうとした時。
「!?」
ローブの袖を思い切り引っ張られて壁際に押しやられた。
その拍子に、壁に頭と背中をそこそこ強くぶつけてシェラは痛みに顔を顰める。
(いったいな……)
そっと目を開けると、瞳孔が開いた瞳でシェラをじっと見下ろすフロイドの姿が飛び込んでくる。この物騒な顔は、シェラの知るいつもの怒ったフロイドだった。
「小エビちゃん」
脅すような低い声でフロイドが呼んだ。
反射的に後退りをしようとした踵が壁とぶつかった。
フロイドの両手はシェラの顔の横あたりにつけられていて、逃げようにも逃げられない。
(うわ、こっわ……)
「はい、何でしょうか」
怯まずにシェラはフロイドを見上げる。
何故こんなに怒っているのだろうか。
終業式前のシェラの台詞がそんなに気に食わなかったのか。
(袋の鼠、か……)
壁際に追い詰められ、逃げられそうにもないのにシェラは冷静にそんなことを思った。
これから絞められるのか。
しばらく無言で睨み合うような状況が続いた。
じわりと厭な汗が吹き出す。
(なに?この状況……)
「あの……」
静寂に耐えきれずにシェラが用件を聞こうとすると、フロイドは俯いてぼそっと呟くように言った。
「メイク、すげー似合っててきれーだと思った」
「……は?」
シェラは思わず間の抜けた声を上げてしまう。
あんなに怖い顔から〝綺麗〟なんて台詞が出てくるなんて誰が思っただろう。