第4章 3. ヴィランのルージュ
「小エビちゃんうざい!ジェイド、アズール、行こ!!」
拗ねた子どものような言い草でフロイドはシェラに悪態をつくと、さっさと鏡の間へ向かっていってしまった。
ジェイドとアズールも、残ったシェラ達に一瞥をくれるとフロイドの後を追った。
「フロイドがあんなに照れて余裕をなくしている姿は初めて見たよ……」
去っていくフロイドの背を見つめながら、リドルは怪訝そうに眉を寄せながら呟いた。
リドルの言う通り、今まで見たことがある怒った姿は物騒なものばかりで、癇癪を起こす小さな子どものように怒っている様子は初めて見た。
「シェラさ、フロイド先輩のこと好きなの?」
「は?」
深く考えていなさそうな、さっぱりとした声でエースは訊いた。
突拍子もない質問に、シェラは表情を歪めた。
隣でリドルもシェラと同じような顔をしている。
「どうしてそうなるの?」
エースの口ぶりからして、揶揄うつもりで訊いてきているのではないと判断したシェラは、歪んだ表情を元に戻して質問で返す。
「いやだって、フロイド先輩シェラのことお気に入りだし、こないだの飛行術でも良い感じだったし、さっきだって完全にふたりの世界だったじゃん。それにシェラもめちゃめちゃ照れ隠ししてたし」
背後で聞き耳を立てようとしているケイトをトレイが制している。
デュースは硬直してしまって動かない。相変わらず初心だ。
確かにエースの言い分だけ聞いていると、そう思われても仕方がないだろう。
「そういうのじゃないよ」
シェラは静かに首を横に振った。
確かに飛行術の件以降見方が変わって、最悪に近かった第一印象は払拭されつつあるのは事実だが、それが〝好き〟に繋がるかというと、そんなに簡単なものでもない。
「ふぅん。ま、シェラが誰のことを好きになってもオレは応援するけどな!」
取り繕った様子が全く無いシェラの答えを聞いて、エースはからっとした笑顔を浮かべた。
「エースは私が誰かのことを好きになってる姿が想像できる?」
いずれシェラは元の世界に帰る。
その時が来たら、この世界の人とはもう会えなくなる。
好きになってしまったら、つらい思いをするのは自分だ。
幸せなことに、恋しい人と相思相愛の仲になれても、大切な人に悲しい思いをさせてしまう。